納得と真理はどちらが人を生かすか?
客観的な真理と、主観的な納得。人が前に進むとき、本当に必要なのはどちらなのでしょうか。

こうしん🀄️🀄️🀄️
真理は教義であって、理想でしかない

🐾たび×2🐾
納得は死につながるかな
真理は渇望

サリンジャー

世紀末覇者ラ王
納得で人は死ぬこともある。
真理とは何か。
そう問い続けた哲学者は多い。
でも、
「真理だと思ったもの」で人は戦争をする。
「真理だと思ったもの」で人は宗教を作る。
「真理だと思ったもの」で人は誰かを裁く。
真理が人を生かすんじゃない。
真理だと納得した前提が、人を生かす。
かな?

ハリー
真理は別に人を生かさない。そこにあるだけに感じます。
たれぱん
「納得」・「真理」も何に対しての「納得」・「真理」なのか対象が必要です。
その対象を充実した人生に合わせて「幸せ」として考えてみます。
「幸せ」が対象の「納得」は、、、
認識と言うか、腹落ちできていると考えると、「幸せ」であると言えそう。狙ったものではなく、気づいた感がある。受動的要素を感じる。
満ち足りている感じで、完了していながら、継続性も感じられる。
「幸せ」が対象の「真理」は、、、
探し求める感じがする。自発的要素を感じる。
「幸せの真理」を発見、または、到達したとした時に、それは本人が本当に「幸せ」と言えるのか?
「幸せ」は気まぐれなので、見つけたかもしれないけど、次の瞬間に姿を変えているかも、、、
追い求め続ける感じかな。
例として、美味しい料理を食べたときが「納得」で美味しい料理を見つけたのが「真理」かな。
私は「納得」した人生を選びたい。

ワンコおじさん

しなちく

セナ
それに一人一人にとっての真理さえおぼつかないもので、その人はその人の真理めいたものにやはり納得して生きているのが現状だと思う。

グレイ
世界は人の為にあるわけではないので、真理が残酷だった場合はそれを悟った人間が死を選ぶ可能性すらある。
生きるということを主眼に置く場合、真理を探求するよりは例え欺瞞でも自分を納得させるほうが当然有為である。
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