納得と真理はどちらが人を生かすか?
客観的な真理と、主観的な納得。人が前に進むとき、本当に必要なのはどちらなのでしょうか。

律
人は真理を突き付けても目を逸らす
真理を理解出来ないししようともしない
人は自分が理解出来ない事を取り込まない
それが人の認知構造であり
自己を持っているという証明である
納得とはなにか
自身の気付きの体感
体感による理解は人を動かす
それは自己の一部となるからである
人は自己の認知によってしか動かない
無理やり動かしてもただ動いているだけ
自発では無い
自発では無い行動に意味はない
ただのロボットと同じ
むしろそれ以下の存在に成り下がる
人とは常に自身が動かす存在である

凪
AskA
小難しいこと言っても感情優位が多い

おとこ

シフ
真理に納得すれば同じことだし、納得できない真理には人は従わない。
人は納得して行動するから。
社会においては真理。
何故なら真理を使って何かを『実現』すれば、原理が分からず納得していなくとも人はそれを使うから。
テレビの原理なんてわかる人ごく僅かでもテレビが形になって世の中に出回れば使う。
そのテレビの開発には真理が必要。
人類は真理を追求してそれを本やインターネットという情報として引き継いで『真理を万人が納得出来るように落とし込むことで知識を継承』している。

ケン

えぬ
というか、個人的に言えば納得と真理のどちらかを選ぶより、真理に触れることで納得する だから『地続きである』が答えかな〜

よん

むかで
がむしゃらに突っ走れば、周りが納得しますw

のぼ
どちらで動くか想像した時、納得が大切かなと思います。
さらに最期も納得を大切にして旅立ちます。
好きな介護士や看護師のいる時や家族が来てくれた時、食べたかったものを食べられたとか触れられた体験できた時。
真理を軸に、納得で物事は動くようです。
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