いつだったか母校から出版された『ドーナツの穴だけ残して食べる方法』という書籍があった(曖昧な記憶だが)。その本によれば、諸学問はこの問題に対してそれぞれの立場から解を与えようと試みたらしい。もっとも、各学問の答えについてはあまりよく覚えていないので、多少間違っているかもしれないが、たしか次のようなものだったと思う。⸻数学:ドーナツはトーラスで穴は位相的性質だから、本体消えたら穴も定義不能。物理学:穴は物質じゃなく空間の欠損概念だから、ドーナツ食った瞬間に消滅。化学:ドーナツの分子だけ摂取しても穴は分子構造に存在しないので残らない。生物学:人間はドーナツを消化できても「穴」という構造概念は消化対象じゃない。情報科学:ドーナツをスキャンして穴の座標データだけ保存すれば一応残る。工学:ドーナツ本体だけ削るロボットを作れば理論上「穴の位置」は保持可能。経済学:穴だけ残すドーナツを売れば原価ゼロで利益率100%。心理学:穴だけ残したいという発想は人間の逆説的思考とユーモアの産物。文学:ドーナツを食べ終えた皿に残った空白を、人は「穴」と呼ぶ。法学:穴の所有権はドーナツに付随するため本体消滅で権利も消滅。神学:神はドーナツを創りたもうたが、穴は人が意味づけたものである。哲学:穴はドーナツの欠如にすぎないので、ドーナツを食えば穴も消える、よって問い自体が成立していない。⸻どうやら他の学問が一生懸命「どうやって穴を残すか」を考えているあいだに、哲学だけは「そもそも穴って何だ?」と言い出して議論をひっくり返してしまうらしい。したがって「哲学は学問なのか、それとも能動的営為なのか」という問いに対する私の答えは、だいたい次のようなものになる。哲学:とりあえず問題文にツッコミを入れてスレの前提を破壊する係たぶん昔からそういう営為の歴史なのだと思う。