環境が人をどう規定するか
人は環境によって振る舞いを変えるし、環境が行動を“規定”する部分が大きい
サイゼ論争でいうと、論点はサイゼではなく
騒音と空間の雑さにある。
例えば、客の席同士が離れている喫茶店
尚且つ価格帯が上がればデート雰囲気に相応しくなる
星乃珈琲、集、珈琲貴族、上島珈琲など
➤適度な客との距離
➤価格帯による学生層のイン率の低下
➤回転率よりも単価と滞在時間
➤低音量のクラシック
➤落ち着いた客層率
そして日本人の同調圧力が作用すると
ここは静かにする場所という規定がインプットされる。
そうするとサシで話し合うデートには持ってこいなのである。
商談と同じように相手の話をちゃんと聞ける場所というのが一番のポイントだと私は思う。
これは環境が人を規定する
の具体例になるが、みんなのが感じる具体的エピソードしりたい。

正宗(ろー)
ビジネスでの商談のアナロジーがあるとスッと理解できます。
SNSでバズるレベルだと思っています。
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女性側の認知で、自分が軽く見られているように認識するから不満を感じ、それが相手に投影されるという解釈も間違っていないのでしょうが、
商談でうるさい環境だと相手への敬意を欠くのは十分な理解に至ります。
一方で、商談における顧客側、つまり、お客様意識を、この文脈での女性が前提として持っていることも示唆していると思いました。
日本人の男性は、顧客への商談における敬意と、女性とのデートにおける敬意は種類が違うのだと解しました。
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この場合の『環境』というのは、社会に近い方のニュアンスではなく、“場”に近いニュアンスだと解して回答します。
私が感じたのはスーパー銭湯の浴場や露天風呂ですね。
周りが静かだと静謐な空気感になり、1人1人に静かにしようという規範意識が生まれるのですが、時間帯によって騒がしいと「ここは会話してゲラゲラ騒がしくしていい場なんだ」という認識が生まれるように思えます。
この状況で、周りが騒がしくしていても静かであろうとする人がいて、『場に飲まれる』という表現が適切かは分かりませんが、飲まれる人がいて、それぞれの認識や挙動にも差異が感じられます。
環境(場)の中に同質化しやすい傾向の人、その同質化に対して免疫や耐性のような機能を担う能力があるようにも思えました。
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少し飛躍しますが、
デリカシーとも関連するな、と。
美容師が女性のお客様に年齢を聞いた場合、会話として平然と答える方と、デリカシーを欠くと認識して不快を感じる方がいます。
これはおそらく認知フレームが関わっていて、❶“場”や“フレーズ”から、自分がどう扱われているかを直結で繋げている方と、
❷相手の意図や状況という変数を取り入れて判断する方とで、
差異があるように思えました。
直結特性を持つ方は環境⇄自己認識が同質化しやすく、総合判断する方は同質化に対する抵抗力・俯瞰力のようなものがあるのかなと思いました。
おそらくメタ認知が関わっていて、
♦︎メタ認知的思考はやらない
♦︎TPOによってはメタ的思考を行う
♦︎常時メタ認知を用いて事象を捉えようとする
のように差異があるのかなと。

はる
力を入れるようになりました。
その分服装とかに力を入れないとか、
影響を受けてるところもあります。
会社には入ればその会社の代表としての振る舞いも求められるので、環境の影響は大きいかなぁと思います。

くりまんじゅうG

雨音(うと)
回答を待っているよ!

サト
環境はその人の一側面を映すだけなんだけど
永く滞在すると焼き付けを起こすもの
なんじゃないかなと思う

