共感で繋がるSNS

自己が認識する自己イメージがあり、他者が認識する自己イメージが有る。自己の本質はどこに在るのか?(本文参照)

ここに人間Aがいる。 自己が認識している自己イメージがあり、他者Bが認識しているAのイメージがあり、同様に他者Cの、他者Dの…と続く。 数百、数千人に偏在して存在する自己イメージよりも、 生物的な認知能力の限界があり、矮小な認知能力しかない人間の、たった1人の、自己の主観による自己イメージが、自己イメージの最大因子を構成するのはなぜか?自己が認識する自己イメージはどの程度正しいのか?
太陽

太陽

イメージはイメージです笑
本質ではありませんよ🤣
本質はいつもその人自身にあります
コレは変わらないでしょ笑
他人の中に自分の本質はないでしょ🤣
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY1
たくひら

たくひら

本文と掲題の問いが異なっています。なので、本文はない方が良いでしょう。
本文は誰かのイメージを最も正しく持っているものは誰か?(何か?)と聞いていますが、掲題は自己の本質は何処に在るのか?と聞いていますね。ちなみに、イメージと本質は一般的には異なったものともされていますね。
なので、とりあえず、本文を無視して掲題の問いに向き合います。
まず前提として、自己の本質とはなんなのでしょうか?ホネットの承認論によれば、「他者からの承認なしに自己意識そのものが成立しない」という主張があります。つまり、今回でいうところの自己イメージを作り上げる際にはまず、自分がどう思うかよりも他人がどう思っているかの方が先だという主張ですね。これを援用すれば、自己と他者とのイメージは実はつながっており、衝突しているわけではないということになってしまい、掲題の問い自体が崩壊してしまいます。
その上で、私は自己の本質的イメージというものは、固定し得ないと考えているというのが答えになります。私は、自分という主体は絶対的に完成し得ないと考えています。自分・自己・主体、いろんな言い方がありますが、この本質というものは、他者や世界との触れ合い・傷つき合いのなかで変遷していくものであり、固定出来るものではないのではないでしょうか。
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY
たよ

たよ

なにになんの本質を感じるのは人それぞれ
つまり本質とはそれぞれが対象との間にあるものだとおもいます
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY2
けい

けい

鏡に一瞬映った自分が北川景子に見えたら私は「一瞬だけ北川景子に見える女」です。
娘にドン引きされようとも、私がそれを信じている限り私は「一瞬だけ北川景子に見える女」です。
他人が自分をどう見てるかなんてわからないので、自分の認識が全てです
ちなみに普段はロバート秋山に見えます
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY
ミサキ

ミサキ

自分の本質ですよね?
なら自分自身の中にしかないのではないでしょうか?それを正確に理解する事は、多分、本人にしか出来ませんよね?
他の人から見たイメージは、あくまでもその人のイメージでしかありませんよね?
だとすれば…自分をどれだけ理解できるかにかかっているように思えます。
自分自身の理解力を高めていく事でしか、自分の本質には辿り着けないのではないでしょうか?
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY
とも

とも

自己の本質は気づきの意識です!それは私という自己とは思考でありその思考の自我の外にあります!それは意識が思考から離れ気づきの意識にある時です!そこには思考も自我も無いただ今に気づいている気づきがあるだけです!
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY6
なし

なし

どこまで行っても自己の本質は自己イメージにある。自分の行為から心の中まで全てを見ているのは自分しか居ないから
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY43
彼方

彼方

先天的に本質を捉えることに他者はあまり関係なく、自己イメージはおそらく自分の中にしかない。社会的自己は他人の集合体にあるかもしれないけど、自分の中にしか本質はない。
哲学哲学
GRAVITY1
GRAVITY11
チーズサンドイッチ

チーズサンドイッチ

私以外私じゃないの
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY1
夜の魚

夜の魚

人は人、自分は自分。
自分のなかの世界では自分はこう見えている。
Bの世界のなかではこう見えている
Cの世界のなかではこう見えている
これが延々と繰り返されているだけ。
ただそこに在るだけ。本質なんてものはない。

 或いはこう言い換えられる絵は見る角度によって見え方が異なる。それと同じ。人の見方の数だけ本質はある。
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY8
もっとみる