愛を与える行為や感情は生まれ持ったものだと思う?
赤ちゃんとして生まれてきて、一番最初にする愛を与える行動はどんなことか気になりました。

ふー
ガワが育っていく過程で
愛自体がうまく育たなかったり
与える感情が失われたり隠れたり

風の音
愛情は「対象の幸せを自分の幸せに感じる心」なので、赤ちゃんやペットを(幸せになるよう)育てたい、かわいいという気持ちは多くの人や動物が持っていますが、立場だったり自己愛等とのバランスだったりと二次的感情による抑制だったりと「与えるか与えないか」を選択するのは、人それぞれの理性・感情の度合いが要因として絡んできます。
対象が自分「自分の幸せを幸せに感じる」である自己愛や、愛蔵等ものを大事にすると自分が幸せに感じる心、他人が好きな相手を奪い取る略奪愛(自己愛の一種)も愛なので、生まれ持っていると言えますね。

くま
赤ちゃんは生存本能として泣いたり、母親を求めたりする行動を取り、その行動が母親の愛情を引き出します。
そして母親は赤ちゃんにたくさんの愛を注ぎ、赤ちゃんはその愛を受け取りながら安心感や信頼を育んでいきます。
そうした経験を積み重ねる中で、初めて「愛とは何か」を知り、やがて自分も誰かを愛し、愛を与えられるようになるのではないでしょうか。
特に3歳頃までの親子関係は、その後の人格形成の土台となる大切な時期だと考えられています。
だからこそ、この時期は母親だけでなく父親や周囲の家族も含めて、赤ちゃんにたくさんの愛情を注いであげることが、とても大切なのではないかと思います。

サト
そこからの行動も
でも行為になればそこは
経験にも紐づくものだと思う

ラスカル

たくひら
逆説的に言えば、誰からも育てられなかった人は、一般的に愛と呼ばれていることが出来なかったり理解がなかったりするかもしれません。
しかし、それが「愛を知らないか」と言われたらそれもまた違うような気がしています。

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azure
自分が嬉しかったことを返している物だと思う

お茶碗

風の音
赤ちゃんが他人を認識し相手の幸せを自分の幸せと感じるくらいまで成長していかないと、好意や恋は芽生えても「愛する」までには至らない(子供)し、大人になっても他人や自己を愛せない人もいる。
虐待や虐められたりしても他人どころか自分も愛せないこともあるので、どちらかといえば「後天的」かなと俺は思う。
「愛を与える行為」は、「どうすれば相手が幸せになれるか」を考慮した結果の行動なので「感情」とセットで後天的だと思う。
人によって千差万別だし、その人のためにあえて厳しく当たることが愛するゆえの行為の場合もある
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