愛を与える行為や感情は生まれ持ったものだと思う?
赤ちゃんとして生まれてきて、一番最初にする愛を与える行動はどんなことか気になりました。
ソマチッド
生まれ持っているものである

あいす食べたい
生物の機能みたいな観点でいえばそうかもしれないけど、人間が生まれて成長の過程の上で得るモノなんじゃないかな。
愛情の伝え方も、受け取り方も人それぞれなんだから。生まれ持ったもの。というのはいくらなんでも雑すぎると思う
しょーま
感情は、無償の心だな

ろん
一律に産まれ持ったモノだとするならなぜ与えられない人間がこれほど多く存在するのか?あまりにも設計として杜撰過ぎる、あくまで愛を与える事が可能な人は「与えてもらってそれを受け取った」人間のみに可能な事だと思います

アユミ

ブッチー
コーヒーさん
大昔、フリードリヒ2世が行った危険な実験で、赤ちゃんに愛情等を与えないとどうなるか試したそうです…結果は残酷な話なので詳しくは調べてみてください。

お茶碗

ありんこ
もちろん自ら思考してその過程でうまれるものも
あるけどでもそもそも親からの愛を一切受けてないと愛情は育たないしそもそも大人になれないと思う。もちろん愛情より虐待を感じてきたひともいるだろうが最初の最初は3時間おきの授乳をしてくれた人がいるから生きてこれた訳である。
これって聞くだけだと大して大変な事じゃないと感じる人もいるかもだがスゴい事なのだ。
3時間おきの授乳するという事は3時間おきに起きて授乳しないといけない。しかも親はそれいがいにも仕事があるのである。仕事がなくとも生活はしないといけない。そして人間は睡眠をきちんとしないとイライラしたりうつ気味になったりする。けれども子供の為に命の為にその大変さを
越えてくれた人がいるから皆今存在出来てるのである。これを愛と言わずなんと言うのだろう。
もちろん本能の部分が強い人もいるだろう。
しかしフリードリッヒ2世の実験で子供に言葉や教育を授けなかったらどのような言語を話すかという疑問から乳母を雇って授乳とオムツ替え入浴以外してはならないとあやしたり話しかけてはならないと言って初めた実験があるのだがその実験の結果は言葉を話し始める前に皆死んでしまったのである。これからも分かるがどんな親も赤子の時には愛をかけているのである。
もちろん記憶に残る事はそうそうないのだが
愛情のたねはその人の中に芽吹くそれが花開くかどうかは人によるし環境によるが…
なので私はうまれもったものではないと思うっ

風の音
愛情は「対象の幸せを自分の幸せに感じる心」なので、赤ちゃんやペットを(幸せになるよう)育てたい、かわいいという気持ちは多くの人や動物が持っていますが、立場だったり自己愛等とのバランスだったりと二次的感情による抑制だったりと「与えるか与えないか」を選択するのは、人それぞれの理性・感情の度合いが要因として絡んできます。
対象が自分「自分の幸せを幸せに感じる」である自己愛や、愛蔵等ものを大事にすると自分が幸せに感じる心、他人が好きな相手を奪い取る略奪愛(自己愛の一種)も愛なので、生まれ持っていると言えますね。
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