蜜蜂が蜂球を作ってスズメバチの侵略を退けるように、人間においても、国民が蜂球を作って驚異を退けることは望まれるか?望まれるとしたら、その要請の根拠は何か?


もん
人間界ではスズメバチと言う明確な「敵」では無く心の内がわからない「相手」なんよね。
家に招待する場合「敵意」を持った人なら無論招待はしない
もし「好意」をもった相手なら自分から家に招待する。
奢り奢られも原理は同じ。
奢られる人も招待される人も「悪意」では無く「善意」である事が前提の事象であり。
それらから「身も守る」「財産を守る」「家族を守る為」為に必要な「対策」である。
これに当たり前もクソも無い。
奢るのが当たり前
招待するのが当たり前
な訳ない。
勿論防衛行動はその蜜蜂が証明したように人類にも必要な事象。
悪意は望まなくてもやってくる。
スズメバチのように

K

ななな

〆さば
蜂球は「巣、若しくは群を守るために一定の同胞を犠牲にする最終手段」なので、人間社会で適用可能な状況はかなり限られるかなと思います。スズメバチとは対話不可能ですが、人間同士は少なくともコミュニケーションは取れる。
仮に人間版の蜂球が発生したならそれは政治の舵取りが未熟ということだと思います。
ガワ
相手は政府という事か?
カルト宗教や過激派なら望む者は望むだろう。
そんな事の根拠なんぞどうとでもなる。
と言うか何が言いたいのか。

仁
種の存続の為に『産む者』が有り、その存在を第一として、それを守る者、育てる者、働く者 がより分けられ、システムとしての社会が出来上がっています。天敵である雀蜂からの防御方法としての蜂球という方法は、圧倒的に力の差がある敵に対し、数千の蜜蜂が個の犠牲を無視して雀蜂を包み込み
蒸し殺す方法です。 全ては『産む者』を生かすための行動で、そこに『個』は存在しません。
非常にわかりやすい形での進化したシステムです。
これを人間の社会に当てはめるとしたら、 まず外敵を圧倒的文明の差があるごく少数の異星人と設定して、 そこから何を第一優先とするかの意思統一が必要です。つまり人間という『種』を残す為に、優れた遺伝子を持つ複数の若い男女を選別し、
それ以外の圧倒的多数が一つの 個 になりきり人球となることが可能かどうかという問題になってくると思います。
しかし、個 としての意識が進化して形成された人間のシステムでは、その方法しか『種』は残せないと理解しても、人球は作れないと思います。
SF映画的な発想に切り替えるなら、国家規模での計算された洗脳作業が必要でしょう。
、、、でも、似たような事はありましたね!
恐ろしい話ではありますが!
トッキボー

ねじまき

正宗(ろー)
この問いは、蜜蜂が「蜂球」という集団行動で外敵(スズメバチ)を排除する比喩を使い、人間社会でも国民が『集団で一体化した防衛行動』をとって脅威を退けることは望ましいのかを問うている。
さらに、望ましいと言うなら、その要請は何を根拠に正当化できるのか(例:社会契約、公共の福祉、功利、権利、緊急事態倫理など)を問う。
トロッコ問題のイラストは、多数を救うために少数へ負担・犠牲を割り当てる判断=「集団防衛の正当化」と「個人の権利侵害」の緊張を示唆している。

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