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戦争があるから平和があるのか、平和があるから戦争があるのか

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平和と戦争は光と闇の関係、戦争があるゆえに平和の概念が生じてた。光が照らせないところがあるゆえに闇があった。戦争は政治の延びである。言葉においでの戦争で解決できれぬゆえに、火薬の戦争があった。
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シフ

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この場合は『戦争(国同士の争い)』ではなくより広義に『争い(喧嘩レベルも含む)』の方が良いかと思います。国の中でも争うことはありますし、戦闘でなくとも言葉での罵り合いなどもあるので。
戦争(争い)があるから相対的に平和が認識される(争いが一切なければ平和を平和と認識して名付けない)という論旨かと思いますが、
争いがなかったとしても、共通の利益のための『協力的関係』と『非協力的関係』(手伝ってくれない)の差異で『平和』と『不和』を認識したりすると思います。
争いでなくとも『犯罪の有無』でもいいですしね。海外旅行の時の平和な国かどうかの判断基準は争いか犯罪(窃盗、違法薬物、誘拐など争い以外のもの)への巻き込まれ率で判断しますし。
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j

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デリケートな話題ですが、無条件加速主義 (U/ACC) を応用した歴史観を参考に、停滞⇔加速という二項対立構造で考えていきましょう。
そうすると、この質問には「両者とも正解」という回答ができます。なぜなら戦争は平和を引き起こし、平和は戦争を引き起こすという作用が長期的視点においては成立するからです。しかしそれでは少し味気ないので、掘り下げていきましょう。
既存の世界情勢は権威のパワーバランスがどう力学的に作用し、相互に作用しているか、という停滞構造によって成立します。その力学が限界点に達したとき、戦争という形で情勢の加速構造へと転換するわけです。例えると、幾つかの歯車を想像したとき、それが噛み合って回っている時が停滞構造、それらが錆びたり削れたりして歯車が壊れる時が加速構造、というわけです。そして戦争と平和は、加速と停滞という構造をある種適用できるでしょう。無条件加速主義 (U/ACC) はある種必然性を帯びたこの作用を否定しないという点に重きが置かれています。つまり、平和による停滞も戦争による既存秩序の破壊も、そこに善悪が無いわけです。少し冷血な理論に思われるかもしれませんが、あくまで結果論としての歴史観では、ある種必然性を帯びた構造的力学としてこれらを定義できる。それが重要です。
結局、戦争も平和も過度に美化するものではないな、という個人的感想を述べて、一応の帰結とさせてもらいます。
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白鴉🐦‍⬛

白鴉🐦‍⬛

戦争屋や中華思想じゃない限り、基本的に平和を求める為に戦争する事の方が多いよね
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まつ

まつ

戦争があるから「平和」という戦争がない時期を表す言葉がある。古来から人類は獲物、土地、作物、財産など様々なものを求めて争っており、全体を見ると平和な時期の方が稀なのではないか。
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シフ

シフ

どの視点か分からないけどどちらも違うと思う。
戦争に限らず争い(平和ではない状態)があるから平和という言葉が産まれたのは間違いない。差異がないなら言い表す言葉は生まれない。ただし、戦争まで行く必要はない。喧嘩とかで十分。

戦争が平和を導くとか平和が戦争を引き起こすの意味なら戦争は一手段に過ぎないのでこれも違うと思う。
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なし

なし

言葉の成り立ちを考えるなら戦争があるから平和という言葉ができた。現状について考えるなら、どちらとも言える。まあ強いて言うなら戦争があるから平和があるという状況が多いように思う。
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II

II

アホが居るから戦争があり
賢い人がいるから平和がある
運良く平和になった国にどちらか選ぶ資格なし
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田村まさお

田村まさお

戦争があるから平和がある。そもそも“戦争”って言葉がないと平和もないだろ。人類史は荒そっては平和になる。
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