音楽や小説、映画などの「フィクション」の世界を強く求める人はなぜ生まれるのか。
自らが生きるために必要のないものである世界。それなのに無ければ生きていけないほどにまで熱狂あるいは依存する人もいます。創造は人間にとって生きていく上で必要な能力ではありますが、現代は少し過剰に生産されている気が個人的にしています。皆さんは如何ように考えますでしょうか。

ツヨ
良いと思います
その人達の『求めたモノ』がカタチになれば、我々も観られる訳で
なかなか素敵なことだと思います

憂い顔の騎士

はる
過剰に生産されているのは、表現したいひとが増えてるし、その分種類が増えて共感する人が増えたから?

BEVEL(べヴェル

三九Sanku
古代人であろうと、現代人だろうと、精神の養分が必要なのだろう。

風の音
音楽や娯楽がある人にとって必要のないものに見えても、別の人にとっては必要。つまり、質問者の価値観や好奇心がその物事に対して度合いが違うから。
過去や未来、時間の概念がないピダハン族の人たちでさえ娯楽はありますので、「楽しさ」は生きるのに必要なんじゃないかと思います。
なので、それを強く求める人が世の中にいるのは不思議ではないと思います。
二つ目の回答
「想像が過剰」とは、私は思えません。むしろ、今生きている人たちは生活に手一杯で、想像するゆとりの時間割合が低く思います。
ゆえに、多くの人が色んな作品を求めるし、それらを想像する人たちが商売として成立するんだと思います。
と娯楽や想像が大好きな私は考えます。
ソマチッド
それから大切なことを忘れている事を知っているから

ナトル
現実の自分ではありえない体験や 役柄を妄想とかで広めマイオリジナルストーリーを作ったりして現実世界でも頑張ろうとするのにいい 着火剤になったと個人的には思います

大義(ダイヨシ)

くりまんじゅうG
怖いのは“絶望”周囲をも巻き込んで全てを破壊してしまう。
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