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母親が作った料理に、子が「まずい」と言ったら、母親が「だったら食べなくていい」というやり取りがあった場合、母親と子それぞれにどのような非があるか

よつき

よつき

子供には非がない
現状の不味いご飯が提供されていることに対して、変更方法は不味いことを伝えるしかないため

伝え方が悪いなら、その事に対して指導されるべきだが、伝え方が悪いことを知らないのは罪でない

母親には非がある
食べないという選択肢が取れない子供に対して、食べなくて良いと言うのは、食べるなと言うことと同義のため
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あきら

あきら

「まずい」は感想で食べたくないと言っているのとは違う。まだ自立していない子供に
「食べなくていい」は虐待と同等の言動に値する。
「まずいんだね、どんなふうにまずいの?」と言えばそこから会話が広がり食事のマナーや食べ物への感謝の気持ちを育むチャンスにつながる。
親は子供の成長と一緒に自身も成長してこそ親になることが出来るのではないでしょうか?
子供の態度や言動に感情的になるのは
自身がまだ親になれていない子供であるという証だと思います。
つまり母親に非があると思います。
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maimai

maimai

私は、マジで❓❓って聞いちゃう。
え❓何が足らない?って教えてもらいます。
考える力も付くし、ショックを受ける言葉だとまも教えられるかな…って。
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パン

パン

非があるとしたら、内容よりもその時の態度や言い方かな[ほっとする]せっかくの素直な関係を壊さないための、相手への敬意と思いやりが境目だよね。
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薄明

薄明

ここでの【子】が何歳かによって変わってくるんじゃない?
それによって、非の比率がかわりそうですね
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憂い顔の騎士

憂い顔の騎士

子供、周囲の人に対する感謝の念を欠く道徳的な問題
母親、食べ物を与えないという、脅迫により子供を従わせようとする問題
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sixthsense

sixthsense

父親ですみません。
父が作ったぜんざい…、
砂糖と塩を間違えていて、
食べれなかったんです😓
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だるま落とし

だるま落とし

俺の存在を忘れ俺の気分を害している事にどちらも気づいていないことw
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クロネク

クロネク

子供が不味いと言うって事は、母親の料理以外の美味しいものを食べ過ぎてるという事なので、愛情と思って食え。
親は味覚が違うのかもしれないから、子供と一緒に味見しろ。
結論一緒に料理をして
そして、美味いものを食おう(話が変わってきた
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としゆき

としゆき

母親がいつも似た料理ばかり提供している様な、栄養管理に怠慢なタイプの毒親であった場合、その子は食べ飽きた、他のものが食べたいという何かしらの懇願というサインと解釈した場合、母親の「だったら食べなくていい」は、一見、「食べたくなければ食べる必要はないよ」という選択肢を与え、意思決定を尊重している風にも見えますが、実際のところは食べることを選択せざるを得ない、選択の強制の構造が存在している風に見えます。
この構造に関しては母親の育児能力、親としての責任感に疎いという、精神的な未熟さとやや自己中心的なその状態が、「非」という概念に当てはまるのではないか、と思います。

次に、子のわがままや単に嫌いな食べ物に関する端的な拒否としての子の「まずい」を考えてみた場合、もしその子が齢でいうとだいたい13歳以下の年齢の子による「まずい」の発言は、多種多様な食を摂取する必要の判断がまだできない経験的未熟の状態にあるだけと判断できるので、母親の「だったら食べなくていい」は一概には毒親系の発言であるとは解釈できるとは限らず、食の重要さの教育の一環であるとも解釈できます。
もちろんこうした接し方の全てが良い結果をもたらすとは限りませんが、1番目と2番目の状況の例を考えたら、1番目の方に非があることが多い傾向があると判断してもよいと思います。
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