ここにハードルがある。自分はそのハードルを跳べない。その姿を鼻先で嗤う者がいる。この『鼻先で嗤う』は犯罪ではない。この人類の未解決問題について貴方は何を思うか?
以下、補助問を設置した(回答はご随意にどうぞ)
①ハードルを跳べないとどう感じるか
②ハードルを跳べなくて、鼻先で嗤われるとどう感じるか
③誰かに嗤われた場合、その人はどう在るべきか
④その人は、嗤う者とはどう対峙すべきか
⑤社会は、嗤う者とどう対峙すべきか
人はいつでも『ハードルを跳べない側』、『鼻先で嗤う側』になりうる。

SSかずのり
どちらも弱肉強食の世界では同じ行為。
自分の好きな派閥に着けばいい

あずき
自分のコトは
見えてない
( ¨̮ )
自分にも笑われる要素が
あると言うコトと
自分にも出来ないコトが
たくさんあると言うコトを
人間は理解出来ない

没壱 ヤモオ
『貪』は、貪る事
『瞋』は、怒り
『痴』は、愚か
人を苦しめる三つの毒
嘲笑う者は、他者を蔑み優越感を欲する姿
他者の背景や苦しみを理解しようとしない痴れ者
犯罪ではなく『欲と愚かにまみれた姿』
そして、それが自分の身に降りかかった時に
怒る『瞋』の姿。
衆生の三毒に侵されている状態。
対応するには、『知恵』で対応する。
ハードルを飛び越えれないならば、
『単純に避ける』『下を潜る』『跨ぐ』
『持ち上げてどかす』
『全部なぎ倒す』等々様々な視点から知恵を使って答えを見出せば良いだけ。
『ルール違反』と言われても
『ハードル競走』とは文面の何処にも書かれていない。なんて屁理屈とも捉えられるけど…
事実を述べて、多岐の対策をして、そして怒っていない。
『貪瞋痴』は、怒りを抜いた『貪痴』になる。
怒りを抜き、急な発想で、貪る病という毒を取ると、『貪痴』は『頓知』に変わる。
要は、その事に対して真に受けず、怒らず、
別視点からのアイデアで、
一休さんみたいに一本取っていこうぜって事[いいね]
全然未解決ではなくて、
『貪瞋痴』は『頓知』で返す
その為には多方面からの視点で見る知恵が必要
と、思っています。

jwB
ただの幻 生きていれば必ず通らないといけない
立ち止まり眺めても何も変わらない
他人が笑うのは幻を眺めているから
覚悟を決めて進むだけ
としゆき
・嗤うというのは強者の権利で嗤うのを禁じ戒めようとするのは群れた弱者の知恵による抵抗に過ぎない。
・自分が嗤われた側に立ったらどうかという点については自身の能力の足らなさの被害感情を相手に投影し共感するよう感情(emotion)で訴えかけて情で論理的な内容を誤魔化そうとしている。それは論理(logic)ではなく卑屈の類いでしかない。
結論:嗤うという行為を表す言葉それ自体が既に歴史的劣者たちが歴史の過程において人間的・倫理的なバッドイメージを付与することに成功させたことによって生じた、存在しない過剰修飾語句である。

🫠さ丸
• 跳ぶ/跳ばないを決めたがる
• 早さ・成果・比較
• 「なぜやらない?」「普通はこう」
嗤う側はここ。
● 右脳 = ゼロ(未分化・感覚・生成前)
• 跳ばない/跳べないではなく
まだ定まっていない
• 言葉になる前の違和感・恐さ・予感
• 安心と恐怖が同時に存在する場所
立ち止まっている側はここ。
● 生成(ゼロ → 1)
• ゼロが十分に保たれたあと
自然に1が立ち上がる
• 無理に跳ぶと、これは起きない
じゃあ、あの問いを正しく答えると
なぜ「鼻先で嗤う」が起きるのか?
左脳は
ゼロに耐えられない。
未決定・沈黙・立ち止まりは
「不安」だから。
だから他人のゼロを見た瞬間、
• 正解を押しつけ
• 行動を促し
• 嗤って潰す
これは
自分のゼロを守れなかった人の防衛反応。
重要な一点
右脳=ゼロ
つまり「恐い」と感じている今のあなたは
すでに正しい場所にいる
恐さがある=失敗
ではない。
恐さがある=
まだ生成が起きていないだけ。
人類の未解決問題はこれ。
ゼロを尊重する倫理を、まだ持っていないこと。
• 跳ばない自由
• 立ち止まる尊厳
• 恐さを感じる時間
これを
「劣等」や「逃げ」に変換してしまう。
⸻
だから、最後に一言だけ。
恐いのは、間違ってない。
恐いままでいい。
ゼロは、急がせるものじゃない。

山田
1.私はこのハードルを跳べないかもしれない(諦めないが、覚悟はする)。
2.面白さを共有して欲しい(自分も一緒に笑いたい)。アドバイスが欲しい。
3.自分の心のままに、ブレないで欲しい。
4.気持ちや考えを伝えてみる。
5.明日は我が身。そのように考えられる教育は大切だろう。

憂い顔の騎士
私の生き方にとやかく言われたくないし
他者にそんな権利もない
さんかく

