『プロでも最初は下手くそ』という前提があると、『下手くそ時期の褒め』が大切だということが分かるが、日本はなぜ『下手くそ時期の褒め』があまり社会実装されないのか?

サト
『下手くそ時期の褒め』が大切
この接続がわからない、別問題じゃないかな

たまご
上下関係があれば優越感だとか上司感が出るので社会的立場は側から見れば良くみえる
本当に仕事出来上司ならそんな事しなくても上司感あると思う

ヤン卿
結果として、褒めること=嘘をつくこと、みたいな間違った考え方が結構根強かったりしますね。

仁
僕ら子供の頃よう叱られた。親どころか近所のオッチャンやオバチャンにまで叱られた。たまに初めて会うようなオッチャンにも叱られたような記憶がある。 そのせいかたまには褒めなきゃいかんと僕が大人になった頃、「3つ叱って2つ褒め」なんて教育論が出てきたくらい。
その時に比べ、最近の子供って叱られてないような気がするが、僕の気のせいかな。
実の親が自分の子供に訳の分からない気を使う姿をよく見るように感じるのは僕だけだろうか?
個性が大事、ゆとりある教育。そりゃ理屈はわかるさ、ノビノビ育てて大きくなろう!
フン バカかって思うのは不遜かな?
大事なことは怒ると叱るを間違えない事、自分の子は勿論、他人の子であっても間違っているなら堂々と叱りたい!
それが出来ない今にこそ問題があると思う。
それが出来てこそ褒めることの意味が生まれる!

ノゾ
「最初が下手くそ」からは「下手な時期に褒めることが大切」という結論が導出されない。
その理屈が正しい場合、それは上手な最初の一人の出現という事実と対立する。
正しく大切なのは「成果の実感」であって、褒めるのはその手段の1つ。
褒めるに値しない成果の称賛は、その実感を伴わないため効果が疑わしいし、そこで成長をやめさせる力になることもある。
成果や成長を実感できる達成は、他人の称賛がなくとも効果をもたらす。

ぬらぺっちょ
プロになる前は下手の意味。プロは下手では仕事が成り立たない、または下手を仕事として活かしてること。
誰もプロじゃない未熟者に上手さなんて求めてないよ、下手でも感心すれば褒めるよ。
下手くそだから褒められないんじゃなくて、感心する所が無いから褒められないんだよ。
普通の人は普通に褒める。

〆さば
また、正しい事(現時点では下手である)を言う事が正義という文化みたいものと、下手と言われる=頑張れとの鼓舞という暗黙知(薄れてきてるが)があるんじゃないだろうか。

いしのみ
もみじ(🍁•᎑•)

仏の悠
そういう時代とかを経験した人から仕事教わる事が多いから下手くそ時期の褒めがないんだと思う
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