『アンチコメント』と『批判』の本質的な違いは何か?(本文あり)
note:
伝え方↔感じ方
目的優先↔社会的翻訳
➜文や内容のみに限局することの妥当性及び正当性、相手への配慮や社会的翻訳は必要か等を問うもの

山田
批判(フィードバック)がアンチコメント(ノイズ)と誤認されないように社会的翻訳が必要。
アンチコメント
・感情の発散が目的
・人格が対象
・無意味な攻撃(改善しても止まらない)
批判
・是正が目的
・内容が対象
・善意の改善案(改善すると止まる)
キニラ
食わず嫌い。先見的な嫌悪感から。
批判→
それを知っていて拒否反応。

よん
批判=言動の主体に関わらず、その内容を否定したい

狼
先に処理しておきたいので話しますが、言語の意味で言うと「批(打つ叩くの意に根ざした「正す、是非を決める」を表す語≒相手を叩いて断じるもの≒アンチ)判(断≒個人的意見≒コメント)」なので、批判≒アンチコメントと言っても実は差し支えないような気が致します。
脱線︰批評に関しては批と評するなので、プラマイを語ると言う意味合いが有り、批判と批評は違うとよく言われるのはこう言う言語感覚から来ている気が致します。
で、批判とアンチコメントを分けるのは「アンチ(反)性」だと思います。その対象に対する反発心や、逆側に座る立場を表明する。または内容そのものがそう言った意味を持ちうるか。持ちうるなら「アンチコメント」として攻撃性を強く持つ事に成ります。逆に言えばその様な意味を持たなければ、或いは持とうとしない意志を示せばそれは「批判」の程度に収まるでしょう。
最後に本題の「相手への配慮」や「社会的翻訳」の必要性ですが、「批判」が「アンチコメント」にならないためには、やっておいた方が無難でしょう。対象を批する場合には、否定の要素が入ってくるので「反性」が混じるのは必定であるためです。「反性」を無くすまたは弱めるためには少しでも「目的は貴方に反する事ではなく、論理的により良い答えや結論らしきものに辿り着きたいためですよ」のような意思表示をしておく事が肝要だからです。エクスキューズって奴ですね。
端的な結論︰批判をアンチコメントの違いは「反する」事が主目的にあるか否か。
批判をアンチコメントにしないためには、エクスキューズする事が肝要。

憂い顔の騎士

pophat
既存の日本語としての意味が当て嵌まる事態(事態を正確に説明するうえで絞り込みが必要)か
本質的にはそれ以上でもそれ以下でも無いかと

かず∞
アンチコメントは目に見える情報や表面でしか判断せずにしてる人が多いイメージですね。
批判はしっかり内容を確認と理解をした上で間違っている事を指摘している時に起こっているイメージです。
kaede

風の音
炎上でアクセス稼ぎたい、相手の言うこと成す事も全てが嫌で腹いせしたい、など内容関係無しに“自分の感情”主体で行う悪口な書き込み
「批判」
相手の言うこと成すことの「内容」に対し、“自分の思考(意見)”で正誤を述べること。なので、相手に対し同意するコメントもあり得る。
「感情」か「思考」によるものかを吟味できないと、辛口・酷評がただの悪口かを区別できない(とくに感情的に相手を見ている場合)

仁
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