ある人物が、飢えてる人のために、半社会的勢力に属す人物が所有する畑に芋を盗みに入り、飢えてる人に芋を分け与えたとする。この行為は善か?悪か?
貴方はどうやって善悪を判断しているのか。人間はどうやって善悪を判断すべきなのか。

吉田賢太郎
「正しい」ってなんだろう。
「善いこと」ってなんだろう。
それは 時代や場所で 形を変える
あやふやで 移り気な 幻。
誰かの「正義」が 君を傷つけ
誰かの「善意」が 毒になる。
だから 難しい言葉は 一度捨てて
シンプルな 物差しを 持ってみよう。
「それは 有害か、それとも 無害か」
お腹が空いた 誰かのために
どこかの畑から 芋を盗む。
お腹は満ちるけれど、誰かが泣くなら
それは 世界を少しだけ 有害にする。
賢さを 自慢して 誰かを見下す。
不幸を 武器にして 誰かを縛る。
それらは 全部 「心の毒」
自分を大きく見せるための 有害なノイズ。
君が 誰を好きになっても
君が どんな自分であっても
そこに 誰も傷つける刃がないのなら
それは 誇るべき 「無害な自由」だ。
自信なんて なくていい。
すごい人に ならなくていい。
今日一日を 「無害」に過ごせたなら
君は もう 十分に 成功している。
自分を 責めないこと。
他人に 振り回されないこと。
有害なものから 静かに距離を置き
自分の庭を 無害な花で 満たしていく。
善悪という 激しい嵐に 惑わされず
「無害」という 透明な盾を 胸に抱いて。
それが 君が君として 生きていくための
一番 根本にある 本質(ほんとう)のこと。
ユウキ
これを善とするなら、理由があるなら何しても良いという理屈になる。
救いたい気持ちがあるのなら、悪事を働かず救う方法を模索すべき。

山田
例えば、法的には反社会勢力であるルフィ一味や、既存の秩序を無視して暴力を振るう孫悟空を、私たちは「善」として支持しています。
それは、彼らの行動原理が法ではなく、純粋な意志や危機を救うという直感に根ざしているからではないでしょうか。
悟空が飢える家族のためにルフィから芋を盗んだとしても、彼はそれを「悪」とは認識しないでしょう。
彼にとっての善悪の基準は社会的なルールにはなく、目の前の飢えという不整合を解消することにあるからです。
「わりぃわりぃ!腹が減っちまってさ!」と答える彼が脳内再生されます。
結局、人間は社会の安定である「法」というレンズと、「個の動機」というレンズを使い分けて善悪を判定しています。
一貫性のない曖昧な判断に見えますが、その揺らぎこそが、私たちが人間である証拠なのかもしれません。

シズ
に置き換えてみては
時には 善 悪 と区別できない事例もあるのかと
昔息子と観ていた「日本昔話」の物語
あるお坊さんが貧しい婆さんのところにやって来て
一晩泊めて欲しいと
もちろん断らずに泊めてあげるお婆さん
食事を出さないといけない
でも米櫃には米ひとつもありません
そこで見つかったら村から追い出されるのを覚悟で隣の畑から米を一束盗んでしまうのです
足跡がくっきり残っています
その米でお坊さんにお粥を作りました
夜中中お婆さんは震える身体で朝を迎えました
朝村人が家のまわりを取り囲んでいるのを覚悟で
戸を開けました
見ると一面雪の銀世界
足跡など残る余地もない
時にはお天道様が行いをみているものです
こころが動くように動いたらどうかと
善 悪は人が決めること
それを超越することも大事だと考える命題かと

憂い顔の騎士
明らかに、窃盗罪と不法侵入罪を構成するかと

Sidecar5

ケン

シズ
別の視点にて考えてみました。
この問題は哲学ではなく本来なら倫理、道徳の問題はては犯罪学の問題ではないかと
「反社」という言葉でやや、深く考えてみる感は望めないが、反社であろうか、半グレであろうか、マフィアであろうか他人の所有物を取ることは犯罪ではあります。仮にそれらの方々が違法に入手したのならまた答えは違ってきますが。
例えば刑事事件においては、刑の執行を猶予することがあります。極端に言えば一定の条件のもと放免すること。
刑事裁判における 「情状酌量」 や 「刑の執行猶予」 は、単に「甘くする」という意味ではなく、刑罰の目的(更生・再犯防止・社会秩序の維持)を最も適切に達成するための判断です。
情状酌量とは何か
情状酌量(刑法66条)とは、
「犯罪の性質・動機・結果・被告人の人格・前歴・反省の有無・被害弁償などの事情を総合的に考慮し、法律で定められた刑の範囲内で軽くすること」です。具体的に考慮される事情
初犯である、深い反省と謝罪がある、被害弁償や和解が成立している、衝動的・偶発的な犯行、社会的制裁(解雇、信用失墜など)を既に受けている、扶養家族がいる など
「犯した行為」だけでなく「人」と「状況」を見るのが情状酌量です。
そこで刑の執行猶予とは何か
刑の執行猶予(刑法25条)とは、
「有罪・実刑判決を言い渡すが、一定期間まじめに生活すれば刑務所に行かせない制度」です。
重要なポイント。無罪ではない、刑は確定している、再犯すれば、今回の刑+新たな刑が執行される、猶予期「状況を鑑みて執行猶予を付ける」意味
裁判所が執行猶予を付けるのは、次の判断があるからです。
・裁判所の判断ロジック
「この人は、今ここで刑務所に入れるより
社会の中で更生させた方が再犯防止と社会利益にかなう」という考え。
ちょっと論点外れましたが、一定の情状すべき理由があるなら刑の執行が行われないと(条件付き)。これが犯罪学の視点。
倫理、道徳から考えれば
これは文化、時代背景、社会全体のモラルとしての考え方。日本人は極めて稀な性善説を持ち合わせております。世界的にとても珍しい存在なのです。自動販売機、無人販売所、越えようと思えば楽に越えられる自動改札が成り立つお国。それを踏まえれば、目の前に困った人がいればどうにかしたい気持ちが優先するのが日本人なのです。自ずと答えが導きされるかと。

B.t
盗みには、変わらない
飢えてる人に与えるなら自分の身銭切って与えなくては、ならない

ありんこ
でも所詮人間なんてそんなもんよ。
ある人からは善にある人からは悪に見える。
それが人間です。それが相性です。
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