隣人の、出会った人の、友人の、家族の、『生き方』を肯定することは大切か?
※この場合の『生き方』には、価値観、金銭感覚、恋愛観、倫理観等を包括的に含むものとします。

ノエミ

BEVEL(べヴェル
ただ否定するのはだめ🙅

憂い顔の騎士

はる
ソマチッド

奥山重高

ほたる
知るからこそ、自分はどうしたいかを考える。それを言ってしまえば否定したことになるから。
言葉にしないことが大切。

りょうたろう
やはり自分の人生の中心には自分固有の価値観というものが据えられるべきである。それが枝や葉を豊に茂らせるために要求される新たな価値観が隣人からもたらされるのであれば、それは積極的に自分の内面に取り込まれるべきであるべきだし、そうでないものに関しては基本的に無視すべきである。
しかし、ここでいう「無視」とは、基本的には評価を下さないことであり、自分の価値観に合致しないからといって、善なりとも悪なりとも裁決を下してはならない。仮に悪なりと断じてしまえば、その時点で反面教師として自己の内面に取り込まれてしまう。それを続けていくとやはり自己の精神のキャパシティを簡単に越えるし、自己ががんじがらめ規定されて、柔軟性を失った価値観を創出するだけのように思える。
なんにせよ、自分と相反する価値観に出会ったときは、相手と自分との親密さは一旦度外視して、「そういう考えもあるのか~」程度に軽く脇に置いておくのがよいだろう。
したがって、そういった「生き方」は、肯定することよりも、「否定しないこと」の方が大切である、といえる。

サイゼの小エビ

わんわんお
わざわざ否定も肯定もしないけど
肯定して欲しいのが人ってもんよ
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