人は強くなければならないのか?弱くてもよいのか?
※日本社会の話に限定していません。適応、人間関係、社会学、心理学の交差点にあたる問です。

まっすん

ゆう
でも家族とか守らなければいけない立場であるなら、強くなければ守れないなって思う。
スキは見せられない。悲しいですが

けい
そもそも強いってなんなんだろっって思います
自分のペースで自分なりに楽しんで日々を過ごせていればオールオッケーかと

けんぼぉ−

ノゾ
だから正確には「今より強くなろうとしなければならない」ということになる。
人間の幸福は、不足の充足、未踏への到達、困難の克服など、善くない状態から善い状態への変化のことであって、そう変化させる性質のことを強さと呼ぶ。
時折、強さを間違った仕方で用いて他人や社会を傷つけたりもするけど、それは強さを用いる理性の弱さだったりして、備わった全ての要素が強ければ、そうはならない。
労せずして善い方向へ向かうことがあるなら、それは誰が他人の強さに拠るのであって、弱さから何か善いものが得られることはあり得ない。
弱さを優しさと履き違える向きもあるけれど、弱くありながら優しくあれるのは、むしろ最強の強さだと言える。
「弱くていい」とは、「弱くてもそれを受け入れ、他人の強さに感謝し、決して卑屈にならず、まっすぐでいなさい」という、とても過酷な、強さの要求でもある。
結局、全ての意見は「強くなろう」と言っているに等しい。

アオ
強くありたいと望み、現実は弱い自分に甘んじる。たまに強い自分を実感して高揚するのであれば弱くていいなどとは言えない。
ガー

キイヤマ

灯与
"弱さ"も"強さ"も人やTPOによって捉え方が違う。
例えば、「人に相談する」という性格を、1人で解決できない"弱さ"として考える人もいるし、気持ちを表現できる"強さ"として考える人もいる。「単独行動が得意」という性格が、協調性がない"弱さ"とされる場面もあるし、専門性がある"強さ"とされる場面もある。
"弱さ"も"強さ"も両方含めてその人らしさ。
なりたい自分の形なら、それがいいんじゃないかな!

のりこ
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