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人は強くなければならないのか?弱くてもよいのか?

※日本社会の話に限定していません。適応、人間関係、社会学、心理学の交差点にあたる問です。
りり

りり

自分の弱さを自分で許してあげて、上手に折り合いをつけられる人は強いなと感じます。

※ポキっと折れないしなやかな強さ
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SUZUME

SUZUME

『弱くても良い』
と考えます。

強者とは
『弱者の存在』があって
初めて成立するものである為、
そうすると
それを明確にする為には
両方存在するという
条件が必要不可欠であり、
その為
強者は必要で弱者か不必要、
強くならなければならない
という事ではない
という事になるのでは
ないでしょうか。
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にゃんこ店長

にゃんこ店長

弱いとか、強いとか抽象的な言葉じゃなくて具体的にどんな人を指すのかで全然違うと思います。
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コバンざめ

コバンざめ

弱くてよい。生きてるだけで素晴らしい。
弱くても健康で文化的な生活ができる社会が本当に成熟した社会だと思う
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風の音

風の音

無用の用
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ブヒっとさんR

ブヒっとさんR

なにをもってして強い弱いなの?
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ココ🥃

ココ🥃

強くなければならない、とまでは言いませんが、他者に害を及ぼしたり迷惑をかける類の弱さは何としても克服する、あるいは克服するための努力をするべきでしょうね。

よく病気や障がいを看板代わりに自分は優遇され尊重されるべき人間だと思い込み、拒絶されると「理解が足りない」「配慮が足りない」と他責に走る人を見かけますが、そんなのはその典型かと。

車椅子や白杖の人、ヘルプマークの人を見かけたら危なくないかとそれとなく周囲に目を配り、公共交通機関でお年寄りや妊婦さんを見れば必ず席を譲って来ました。

けれどもそれはあくまで彼ら、彼女たちの自らの置かれた状況への挑戦に対する私なりのリスペクトの表現であり、「人として当たり前のこと」などでは絶対にないと思っています。

人は必ずしも強者である必要はない。
けれども弱者に甘んじていていい理由もない。

生きるとはある意味「戦う」ことでもあるのですから。
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憂い顔の騎士

憂い顔の騎士

人の強さは、だれが判断するのですか?本人ですか?周囲の他者ですか?全くの第三者ですか?周囲の他者は、強さを強制できるのですか?
自ら、強くなければならないと思うだけでいいのでは。
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ジョーカー🃏

ジョーカー🃏

弱くてもいい。
弱い者が固まったら強いから。
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ひめ

ひめ

強そうに見えて中身弱っちい人と、弱そうに見えて心強い人っているよね。私は後者がいつか本当に強くなるんだと信じているしそうなりたい。
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