無知とは罪であるか、救いであるか

仁
優秀な営業マンは、話し上手な人ではなく、聞き上手な人。
相手を論破しても、自分が気持ちいいだけ。
自分の知らない話を聞くのは本当に楽しい!
心底そう感じられる人は、相手を魅了する。

ろん
因みに赤子の無知を責める人はいないでしょう?しかし親が赤子をうつ伏せに寝かせ死に至らしめた無知は罪でしょう?状況、前提条件次第で答えも180度変わりますよ

対象a

めめこに

款冬

風の音
よって
「想定した状況が明記されていないので、倫理観の集約は不能」
と回答します[笑う]

マツ

ナトル

コーユー
ただし、無知が罪につながることはあります。「知らなかった」は法や社会では通用しない場面も多いですよね。
一方で、「知らぬが仏」という言葉があるように、知らないことで無駄に苦しまなくて済むことも確かにあります。だから無知は、状況によっては救いになります。
この問いがとても面白かったので、そこからさらに考えてみました。
知(知ること)自体も同じです。知ることで救われることは多いですが、プライバシー侵害のように、知ることが罪になる場合もあります。
つまり、主体的に知っても、受け身で知らなくても、良い結果も悪い結果も生む可能性があるのではないでしょうか。
だから私は、無知か知か自体が問題なのではなく、どんな状況で、どんな影響を生むかを考えることが大切なのだと思います。

余り者
傷つくこともあるからねー。
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