無知とは罪であるか、救いであるか

めめこに

余り者
傷つくこともあるからねー。

はかり
その無知が、自身を内包する集合における禁忌ならば、その集合においては罪となる。
無知そのものを罪とするコミュニティにおいては無知そのものが罪となる。むしろ知の有無に限らず、あらゆるものに言える事でしょう。
救いは主観でしょう。
つまり罪or救いと綺麗に分けれる物ではないと思います。
罪かつ救済
罪かつ破滅
徳かつ救済
徳かつ破滅
どれもあり得るのではないでしょうか。

ろん
因みに赤子の無知を責める人はいないでしょう?しかし親が赤子をうつ伏せに寝かせ死に至らしめた無知は罪でしょう?状況、前提条件次第で答えも180度変わりますよ

仁
でも僕にとっては、救いの方が多そうな気がする。

ナトル

〆さば
この設問は前提が敢えて切り落とされているとしたら、どのような議論を期待するのか。それは無知であるという状態の承認を欲するのか、断罪を欲するのか。

ブヒっと君

マーロウ
罪とは何か?
救いとは?
知識の量は人それぞれ差異がある
産まれた直後は個々の経験がない
遺伝子よって作られた回路だけ
産まれ、見聞きし体験し、成功や失敗を繰り返して経験が知識となる
では具体的に何かが増えるのか?
増えない
経験により変わるのは脳の刺激に対する発火の仕方
つまり刺激に対して、どう反応するかだけが変わる
この中に、経験や本から得た知識が刺激され、思い起こされ、知識を用いて適切に判断しているように見えるだけ
ならば無知と知あるものの境とは
適切な反応ができるか否かか?
物事似対して適切に反応ができれば
苦を遠ざけて楽に生きれるかもしれない
それは個々の救いにはなるかもしれない
しかし罪ではないのではなかろうか?
なるのか?
確かに1人の判断誤りが
全体に不利益を及ぼす可能性はある
それは罪か?
罪だとしてその個人の罪か?
その判断をその個人に委ねた全体の罪ではないのだろうか?
そんなことを思うと
無知は救いではなく
罪でもないと私は考えた[にこやか]

仁
優秀な営業マンは、話し上手な人ではなく、聞き上手な人。
相手を論破しても、自分が気持ちいいだけ。
自分の知らない話を聞くのは本当に楽しい!
心底そう感じられる人は、相手を魅了する。
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