価値を全ての事象に対して見出してよいのか
昔からの疑問なんですが、我々が「人間の価値とは?」とか言うとき、ここにおける価値とは、その人間の感覚世界上で成り立っているものであるのに、その世界自体を形作る自体にも、その価値を見いだして良いものでしょうか

🌈よっさん

コパ🔍
全ての事象には価値がある
それは人間の判断だけではない
世界は価値によって作られている
動物が水を飲むのはなぜだ?
価値があるから
狭い視点で見てはいけない
真理を見渡せ

ワシじゃよ、猛禽猛禽

しろ
無価値もまた価値。

すず🔐
とすれば、世界を形作るもの、にたいしての価値判断はなかなか難しいとおもいます。
しかし、すべての存在はつながりあっていて、御縁でわたしは存在している、とかんがえると全ては価値のあるものだ、と考えたくなります。
いかがでしょうか。

oyu

コーユー
例えば「窓を開けたままでいい?」という問いも、換気が目的ならOKですが、防犯が目的ならNGです。価値判断もこれと同じで、「何のためか」によって変わるものだと思います。
つまり、その価値づけが目的に対して機能しているなら正しいし、そうでなければ不要です。
この考えを広げると、「価値を生む仕組みそのものに価値を見いだしていいのか?」という問いにも同じことが言えます。それが役に立つなら考えていいし、コストや効率の面で見合わないなら無理にやる必要はない。
例えば、哲学的な思考ではこうした問いは有効だと思います。思考を広げる力があるからです。
一方で、企業の採用のような実務では、より測定可能で具体的な指標が求められる場面も多いはずです。
結局のところ、価値をどこまで見いだすかは、誰が・何を目的に・どこに価値を置くのかによって決まるものではないでしょうか。

パピヨン
価値は見出そうとすればいろんな角度で全部に定義できるから、それで苦しくなったりしたら一旦立ち止まる。

TUNE

しー☆6
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