人は欲望があるから、自分中心の考え方の人達が自分の国の領土を広げようとするから。ソ連は戦争で領土を広げて来た国だから、北方領土の返還を日本が求めても北方領土でソ連軍の兵士が死んでいるから犠牲の元に得た領土を渡す事はないという考え方なんですね。
人は自分が絡まない戦争に本質的には無関心だから、事実上の許しになり、戦争は肯定される。戦争を否定すれば否定するための戦争が起こる。QED.(はいおしまい) 個人的な事を言えば、戦争を否定するための戦争の方がまだ好みかな。 地獄への道は善意で舗装されているかも知れないから、行く末は良く見ないといけないけどね。
国家や集団が「余裕」を失ったときに、自らの正義を絶対化し、対話による調整よりも武力に頼る選択をしてしまうからだと思います。資源や安全保障をめぐる利害対立、歴史的背景の違い、それぞれが信じる正義の衝突自体は避けがたいとは思います。しかし、これらの“理想と現実とのギャップ”は時間と対話によってすり合わせることが可能だと考えます。戦争にまで発展してしまうのは、物質的・心理的余裕が失われ、相手の尊厳や生きる権利を想像する“余裕”が無くなってしまうためであると思います。相手にも守るべき尊厳と命、そして『正義』がある事を忘れない限り、僕たち人間は武力以外の解決法を考え続けることができるはずだと思います。