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上司や親の要求に対して、「NO」を示すことは、反抗的といえるか? 個の意思表示と反抗は分離して認識すべきか?

PonToufu

PonToufu

結局は認識次第なので反抗的であるかは人による。
ただ、上司とか立場の高い人は「能動的に自分の意に沿わない人間」と接する機会が少ないので、反抗的のしきい値が低い傾向があると勝手に思っている。
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ありんこ

ありんこ

それが合理的ならただたんに意思表示だし
合理的じゃないのなら単純に反抗期?(笑)
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ノクスト

ノクスト

反抗の意味が、親や権威者の言うことに従わず、自分の意見を主張したり、反発したりする行動、とすると言えるよ。言えるからどーしたって話だけど。意思表示なので正しい正しくないはまた別の問題や。
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〆さば

〆さば

明確にNO
意思表示と反抗はそもそも別レイヤーのお話。
問題はそれを混ぜこぜで認識して受け止めてしまう人もいて、揉める事。そういう相手に限って、丁寧に説明すればするほど「言い訳するな」とかいく話にすり替わっていって、私は貝になることを決めたのです…なんて。
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春蕾

春蕾

言葉の全体で見たら個の意思表示の中に反抗は含まれていると思う。ただ、要求に対して断ることは意見かつ反抗であると思う。バラバラの存在にあると思う。要求にたいして、肯定することやってること同じだからかな。
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お気楽じーさん

お気楽じーさん

個人の意思表示でしょう
それに伴う責任もその人が負うのなら
なんら問題はありません😊
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にっきー

にっきー

まず、私の感覚としては、
今回の質問において、分けられるのは
"反抗"か"指摘"かだと思います。
そして、反抗も指摘も、どちらも「意思表示」だと思います。

その前提だと、反抗と指摘の違いは
その意見が
感情的なものなのか、
理性的なものなのか、
で分類されると思います。

つまり、
不満・怒り・反発などが動機→反抗
事実・論理・矛盾などが理由→指摘
だと思います。

重要なのは、
この分類は、話し手と受け手それぞれでの判定があるということです。
つまり、話し手が"指摘"の判定をしていたとしても、受け手が感情的に受け取れば、受け手の判定は"反抗された"になりますし、
話し手が"反抗"していたとしても、受け手が"指摘"と受け取ることもあります。

話し手が感情的か理性的か
受け手が感情的か理性的か
この組み合わせで、話し手と受け手それぞれの"反抗"か"指摘"かの判定が出てくると思います。
(第三者視点が入っても、結局は第三者が感情で受け取るか理性で受け取るかでまた分類される)

結論として、
「NOを示すこと自体が反抗かどうか」
というのは、
どういうつもりで発せられたか、
どう受け取ったかで、分けて考えるべき
だと思います。

補足ですが、
100%感情、100%理性というのは人間には不可能なので、正確には感情と理性、どちらの割合が多いのかで分類される話だと思います。
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yok

yok

NOを示さないと
間違った事でも従うようになる
今までの教育は
それが目的
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🍊🍊🍊

🍊🍊🍊

➡️[年功序列]
年功序列に賛同するかどうか
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ななな

ななな

これ、上司や親が、部下や子にまず反抗してるってなるとどうなるんかな
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