『人は、悪意よりも、自分の弱さで人を傷つけることの方が多い』あなたはどう思うか?

リアリー
悪者を作り上げ、被害者になりきり、弱さを盾に、全てに攻撃してくる。
弱いと余裕なくなるから、そういう時こそ、本性出るよね。
窮鼠猫を噛む。
#弱者
#哲学

泥舟
逃走回避じゃなく攻撃選択した時点で
悪意そのものがないとできないだろ
攻撃した結果がどーなるか分からないならただの馬鹿よ

ジャック
ガク

カラス
ノクスト

アルエス
だって俺弱くないもん。

うるふ

りょうたろう
結論としては、「よくわからん😖たふん、50:50くらい?🤔」てな感じになります。
どっちもよくあることかな~と思いますし、冒頭で述べたように本来不可分な領域ではあるが、前者は心の弱さに自覚的、後者は無自覚といった違いしかないとは思う。
ではなぜこのような問いが発せられたか考える。
幼少期からの平面的な物の捉え方だと当選「悪いことは悪人がしているに違いない」と思い込む。けれど、思春期を通じてそれまで善人たらんと生きてきたはずの自分自身の罪に自覚的になることで、「傷つけたくないのに傷つけてしまう現実のままならなさ」その衝撃を真正面から受けてしまい、誰かと痛みを分かち合いたかったのではないか、下世話な勘ぐりをしてしまった…
良くも悪くも鈍感にならないと生きづらいのかもしれない😓

コーユー
多くの場合、人は自覚的な悪意で人を傷つけることはありません。ただし、「悪気はなかった」と自分を正当化する無自覚な悪意は潜んでいます。
そして「弱さ」という言葉は、とても使いやすいラベルです。やってしまったことを正当化できるからです。
だからこそ、人は「悪意より弱さの方が人を傷つける」と感じてしまうのだと思います。
ただ、弱さと悪意は対立するものではありません。弱さゆえに悪意を持つこともあります。
ちなみに、私が一番多いと思う人を傷つける要因は、悪意でも弱さでもなく想像力のなさです。
陰口やマウント、正論で追い詰めること、無視することも、相手の痛みを想像できていないだけかもしれません。
もし相手を傷つけた分、同じだけ自分も傷つくなら、多くの人は人を傷つけることをやめるのではないでしょうか。
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