人間的魅力とは、歳を重ね、逃げたくなるような最悪な瞬間を経験した分だけ増していくものだと思う。それは余裕がある時にまとう「飾り」ではなく、追い詰められた時に自分を助け、誰かを救う「武器」のようなもの。人によって言葉の重みが違うのは、その人がどれだけ過酷な現実を引き受け、乗り越えてきたかという経験の差。泥臭い現実を知っているからこそ、その人の言葉には嘘のない魂みたいなものが宿る。性別や年齢は関係ないけど、積み上げた経験の分、年齢だけは魅力に比例するんじゃないかな。ただ、もともと逃げグセのある人は、一生その人間的魅力が増すことはない、そう思う。
「ワシは猫みたいやぁ〜」とデスクに体を預ける昼下がりの先輩。その先輩は隙だらけ。呼ぶと「ほぇー?」と返事する。不思議と偉い立場の人が頼りにする。知識が豊富でなんだかんだ付き合う。緩く構えて気力を切らさない。「いつでも」を与えてくれる。
私が人間的魅力を感じるのは、年齢ではなく、自分の感情や違和感を他人に委ねず、言語化しようとする姿勢を持つ人。それがある人は年下でも魅力的だし、それがない人は年上でも対話が難しい。思考放棄型の「貴方の言ってることは分からない!」って一蹴しない人ということだ。それを自覚しているならよいとして、「俺が嫌だから嫌だ。」を言語化して説明できて信念を言えるならよいということそれが出来ないとね……洗脳されちゃうんだよ「あなたのこの不快は、好き避けって言うんだよ。本当はあなたは私の事好きなんだけど、人は自分があまり好かれたことが無いと防衛本能としてそれがでちゃうんだ」ってね※これは私の趣味なので極端ですが、感情を言語化できない人間は、他人に感情を名付けられるという話母親が教育時に使う、これは嬉しいってことだよ、これは悲しいってことだよ、を悪用されちゃうってこと。
目的に向かって、直向き(ひたむき)に頑張っている人は魅力的です。また応援したくなります。その姿にウソはなく、ピュアな感じが、課題に対して真理を求める哲学にも似てるかも。それは私にとって、同性、異性、男性、女性、年上、年下、年代に関係ありません。