こだわることはいいことだと思いますか?悪いことだと思いますか?

サエちゃん

ヒロ
ちくわ大明神

シズ
いろいろな考え方があるかとは思いますが
哲学的に純粋に考えてみると
こだわり自体は「善でも悪でもない」
どこに向いているか、どれくらい握りしめているかで
良いものにも、苦しいものにもなります。
こだわりが「いいこと」になるとき
自分を支える軸になる
ブレない
流されない
後悔しにくい
「ここだけは譲れない」がある人は、
人生の判断が静かに安定します。
深さが生まれる
職人、研究者、クリエイター
「そこまでやる?」という執念が、
他の人には届かない場所まで連れて行く。
自分を尊重している証でもある
こだわりは、
「自分はこれを大事にしていい」
と、自分に許可を出している状態。
これは健全な自己肯定です。
こだわりが「悪いこと」になるとき
世界が狭くなる
他人のやり方を否定する
柔軟さがなくなる
試す前から拒む
こだわりが柵になると、外に出られなくなる。
自分を苦しめる
完璧じゃないとダメ
妥協=敗北
手放すと自分が壊れる気がする
これはこだわりではなく、
執着に近い状態です。
人との関係が硬くなる
「正しさ」を守るほど、
譲れない
折れない
伝わらない
結果、孤独が増えることもあります。
kino

憂い顔の騎士
自分の生にこだわるのはいいが、人間にこだわるのはあまりよくないのではないか

愛善院
こだわりすぎて納期を逃したら仕事にならない。
似た言葉でシソーラスを組むと
とらわれ、執着、などのネガティブな側面を強調するものもある。
要するに、目的に対してのベクトルのありかたなのでしょうね。
こだわったほうが良いことも、こだわっていてはダメなことも、目的地が明確に見えているかどうかによって変わりそうです。

正宗(ろー)
使われる場面とか、使われる対象とか、関係性とかによって『意味化』されるのではないでしょうか。
鍛冶職人の刃物へのこだわり
➜信頼性、職人気質、ポジティブ
教育ママの子供の成績へのこだわり
➜自己のスキーマ、押し付け、他者のバウンダリーの侵害、パターナリズムの正当化etc
『こだわり』が❶自己のエゴなのか、あるいは、❷そのエゴが他者の利益になるのか、というテーマにも派生しそうですね。
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自己のこだわりが、ある関係性においてはネガティブな影響を与えて、ある関係性においてはポジティブな関係性になることも想定されます。
包丁が料理をするための道具にもなり、人を傷つける凶器にもなる二面性があるように、こだわりも用い方によっては+になったり−になったりふるのだと思います。
そのこだわりによって、本人も苦しんでいる場合もあると思いますが、そこから才能が開花したり、優れたアートを想像するに至ったり、あるいは精神を病んでしまったりする場合もあると思います。
不思議な性質を持ったエネルギー体の位置づけでしょうか。
こだわりは自己の価値観、スキーマ、倫理観、信念、理想、想い、エゴ等と結びついて、自分または周囲に作用する力を持つエネルギー体のようなもの、という解に至りました。

風の音
そういった理由で「こだわることは、いいことにも悪いことにもなる」というのが結論なんだけど、あえてどちらかを決めろという目的のお題ならー
「こだわり」と「おおらか」という性格のことなら「大らか」がいいです。
「こだわり」と「妥協」「無関心」という執着度合いのことなら「人生 こだわって 生きていきたい」です[ハートポーズ]

ナトル
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