『社会的な正しさに疑問を持つこと』と『社会秩序を破壊すること』は、どこで区別されるのか?

憂い顔の騎士

風の音
「住んでいる国の国政や国民の行動等のマジョリティが自分の価値観と違う時の違和感」が「疑問を持つこと」
だと考えます

愛善院
強いていうならば「疑問」という一人称で終わる精神活動と、三人称多数に影響を及ぼす「破壊」という行為とでは、カテゴリが違いすぎる。
その時点で「人間の行動」というカテゴリで考えるほかないため、そのカテゴリに入ると大差はなくなる。
それよりも
目的地が傲慢さにあるとき。つまり、「自分だけの利益」が、社会を崩壊させることの社会的利益よりも大きいときが問題。

ハリー

シンジ

ナトル
強制の性被害から守りましょうとか
女性が社会人として 人として生活しやすい工夫をしましょうは【社会的正しさ に疑問を持つこと】の方向に行きやすいですが
男は子供を産まないから 下等だ
女に貢げ 、おごれ、女を敬え
みたいな団体は『社会秩序を破壊すること』の類に当てはまると思います
要は 誰も不満が持たないようにできるだけ 公平に扱って社会の流れを変えるのが【社会的正しさ に疑問を持つこと】であるし
とある ルール さえ守っていれば他の犠牲はいとわないという考えが【社会秩序を破壊すること】に当てはまるのかと思っています
もっと簡略化すると皆が幸せになるか 自分さえ幸せになればいいのか だと思います

TUNE
Sana ✨

いちご

シフ
前者はあくまで思考の範囲。
後者は『思考は関係なく行動とそれによる結果』。
区別も何も領域が違う。
もっとみる 





