私達の『曲解』、『誤読』、『誤解』を防ぐにはどうしたら良いか?

みょーん&みょーん

あーみっく
十分かった気になるとロクなことない

奥山重高

にしき

ジジ
ブラックテール
間違う事が人生だから。
大事なのは、そこから何を学ぶか。

ゆーり

かき揚げうどん
分かりやすいタイトルがあって、どんな経緯で主張が生まれて、人に説明するときに使う言葉の定義を定めて、主張を立てる根拠を並べて。それでようやくストーリーや順番を踏んだ説明に基づいて、自分の言いたいことを言う。
さらに自分の主張を自分で多角的に評価して、予想質問に対して回答を用意しておく。自分の主張では説明しきれないことがあることも把握しておく。
あと、自分の言いたいことを言わせてくれてありがとうと謝辞を添える。
面倒でしょ?これでも曲解誤読誤解はなくならない。
だから議論は生まれるし、トラブルも生まれる。
議論は哲学者として避けてはいけないが、トラブルは避けておきたい。
トラブルを避けるなら、発言者も聴衆も謙虚であるべき
自分の発言は自分の思惑とは異なる受け取られ方をされるかもしてないし、聴衆は自分の受け取り方だけが正しいと思うべきではない

100年に一人の粗チ

仁
5.15事件時の犬養毅首相とクーデター将校とのやりとりを思い浮かべました。
現実主義者と理想主義者との対立、無力な権力者と無謀な強者。軍国主義における矛盾構造。
その構造が先の戦争へと繋がっていきました。
ここで認識しておかなければならない事は、その両者は、共に優秀な頭脳の持ち主であった事。そして最も憂うべき現象として、優秀と言う基準が、当時も今も同じであると言う事です。
そして全ては、一方からもう一方への 『曲解』『誤読』『誤解』から始まると言う事。
かつての軍国主義は、アメリカ主導の民主主義へと変化したが、『教義』『理解』『納得』をさらに浸透させていかなければ、過ちは永遠に続いていくと思います。(教義は協議に訂正)
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