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私達の『曲解』、『誤読』、『誤解』を防ぐにはどうしたら良いか?

Sidecar5

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真摯に話しを聞く、文脈を掴んでよみこむ
哲学哲学
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エム

エム

学力よりコミ力って本出ましたよね
コミニュケーションは大事
コミニュケーション不足が誤解の全て
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憂い顔の騎士

憂い顔の騎士

自分の理解を信用しないこと。自分が理解したと思っていても、それが間違っている可能性があると心がけること
哲学哲学
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田中さん

田中さん

人を信じる勇気を持ち、必死でその人の気持ちを想像する
哲学哲学
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100年に一人の粗チ

100年に一人の粗チ

ナニモシナイ
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愛善院

愛善院

己の身からでていない言葉である以上は、科学的に「観察」することが最も有効。
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comesunday

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基本:
0. 言説を、言語として、含まれる情報と含まれない情報の区別も含めて厳密に解釈する。
1. 理解を(適切な手法による厳密な)観測と観測値の統計と照合する。
2. 理解した各要素の間の整合性を確認する。
3. 上記を定期的に繰り返して再検証し続ける。

追加:
4. 言説を発話・記述・主張されるに至らしめた主体の目的または根源的欲求を前後のコンテクストの観測から仮説として解釈し、上記の方法で同様に検証し、その内容との整合性も同様に検証し続ける。

これは、それなりの手間がかかり、他のありとあらゆる活動と同様、100%の精度で履行することも、そうであるかどうかを検証することもできない。

しかし一方で、これは人類が20世紀前半までに確立していた方法で、少なくとも日本で生まれ育った人は大抵誰でもよく知っている。決して難しいことはない。100%は無理でも、日用としては、ほぼ間違うことがないほどの精度で容易に実行できる。

にも拘らず、実際には、曲解、誤読、誤解は非常に頻繁に発生する。

つまり、上記の当たり前の容易なことを、敢えてやらない何らかの理由がある状況が頻繁にあるということになる。

例えば、興味がない内容の理解の検証などに手間をかけたくないとか、自分の望む状態(自分自身や自分が好きなものの評判や収入の向上など)の阻害につながる主張などは、わざわざ手間をかけて曲解を防ぐより、寧ろ都合よく曲解したい思うのは、自然なことだ。

曲解、誤読、誤解をしたくないのであればよく知られた方法で適切に理解を検証すればよいだけだが、自らの意思でそうしているならば防ぎようがない。人間は根本的に自由であることをやめられないし、自由であることを他人に止めてもらうこともできないから。

他人に曲解されるのを防ぎたければ、その人が曲解したくなるような内容や言い方を避けるしかない。
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風の音

風の音

まず、それらを完全に防ぐことは不可能です。
正しいものと信じられていた理論でさえ後世で覆されたり、聞き手の認識能力もそれぞれだからです。
また、話し手が誤解を招くような発言や説明不足をすることもあります。

・相手の話や文章に目や耳を傾け、理解できなかったら聞き返したり質問する(読み直す)
・場合によってはメモを取ったり録音したり、調べたりする
・自分が理解した内容を相手に伝え、理解が誤っていないかを確認してもらう

これらは全て「相手や書物等と真摯に向き合い、意図を組む」のが目的です。
それでもなくすことはできないので、「間違えてしまったら相手の説明不足を責めないで素直に謝る」ことが再発を減らすと思います。
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ジュデッカ

ジュデッカ

自分がその文章なり、言葉なりを理解したことについて、その人と話をすることではないでしょうか。
自分はこのように理解したが、それで間違っていないか、ということを確認していくことができるのなら、それをするのがよいと思います。
まあ、ほとんどの場合その他者による内容確認自体を嫌う発信者が多く、「そうやって聞かれるのが嫌なら何で公の場で誤解されるような話をするんだろうか?」という疑問はあります。
一方で、理解する側が誤解かもしれないという可能性を念頭に置かずに、意見を述べる場合もありますから、発信者側も「誤解はされているかもしれない」という意識を持って発信するということは大事でしょう。

個人的にはこのような(「かもしれない運転」のような)対話プロセスをすることを「コミュニケーション」というのだと思っています(ノリや空気だけで心地いい対話をすることだけをコミュニケーションと言うのであれば、たぶん人類はサルに戻るだけです)。
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としゆき

としゆき

『曲解』、『誤読』、『誤解』をそれぞれ防ぐより、曲解などによって生起しうる他の諸影響の方を防ぐよう配慮するに留めるべきではないか、と思います。
というのも、会話などの一般的なコミュニケーションにおける曲解や誤解と何かの理論や主張などの曲解や誤解は別であるからです。
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