共感で繋がるSNS

私達は、SNSやネットの空間で、❶自分の感じる『快不快』と『敵味方』を切り離して捉えることは可能か? ❷それはトレーニングをせずともできるか? ❸その難易度は?

憂い顔の騎士

憂い顔の騎士

庵を結んで人境にあり
心の持ち様
達するのは難しい
哲学哲学
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K

K

①当然可能。
②可能な人もいる。
③普通。
 自分に取って心地よいことだけ言う人が味方で、そうでないものは敵という考え方は、幼すぎると思わないかい。
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愛善院

愛善院

可能です。
というか、不可能だとするならばただトランプの裏表にしておけばよくて、不快だなぁ、という場合はトランプを裏にしてフォールド。
報酬も給与もないならばこれでよろしい。

一方で、仕事の場合、不快な場合は「なぜそれが自分にとって不快か」「その不快を改善するためには自分を変えるべきか、相手に促すべきか」を見極めて戦略をとる必要があって、そこに攻略すべき「敵」は、実は相手ではなく「自分が作り出している仮想敵である」ことを知覚の上に置く必要がある。
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風の音

風の音

1 可能といえば可能
“誹謗中傷の書き込み”が禁止されていることからも、書き込みによる「快不快」「敵味方」は実在するし、残念だけどそれにより命を絶ってしまうなど切り離せない人もいる😔でも、「ブロック」「退出」等、切り離す方法はいくらでもある。
しかし、この空間が仮想現実とはいえ、学校クラスのSNS(以下、実SNSと称す)等、仮想では割りきれない空間があるのも事実。その場合は割りきれないのと、日本はなぜか加害者保護の国なので、とくに学校生活の場合は困難である(いじめられていた経験からの理解)
2 実SNSでは、かなり困難であるため、味方になる人のサポートなどによるトレーニングが必要。「名誉毀損」等の法的措置があるということは、トレーニングでは不可能だった(我慢を強いる必要はない)ことの実例である。
3 仮想SNSなら超簡単、実SNSでは周り、とくに先生などしきる立場の人達によるサポートがない場合は超困難である。

余談だが、いじめられた苦痛と記憶は卒業したから、と忘れる安易なものではない。
別れた恋人をふと思い出すように記憶と経験はいつまでも意識下に残るので「もう忘れなよ」というアドバイスは精神疾患の方への励まし同様、逆効果になるので言わないようにしましょう[笑う]
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トンちゃん

トンちゃん

①可能。自分の感じる快不快を判断基準にするのではなく、法的にアウトかセーフかを判断基準にする。敵味方で立場を二極化するのは短絡的。
②不可能。内ゲバを繰り返す→内ゲバを外から観察する。
③誰しもバイアスをかけて物を見るのでニュートラルを保つのは相当難しい。
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としゆき

としゆき

①SNSに限らず、もとからある人間的な要素が深く影響してくるものなので、基本可能。
②トレーニングというより使用経験さえ積めば可能になる。
③個々のSNSの性質により変化しうる。
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款冬

款冬

考え方が妙なので今すぐ遮断してみては?
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