中立的立場を貫くことは全ての立場の敵になることと同義か?
中立的、誰の敵にもならないということは誰の味方でもないから味方ではないから敵なのかなって思ったりする

NOV76
敵とは利害を侵す者のことであり、中立に与することでそうならないなら。

シゲ
*ある人は、同意でないものは敵と言う
*ある人は、別の意思の者でも独立した意思で
敵ではないと言う

あきよし
と、思ったんですが、難しいッスね。
意見Aと対立する意見Bと中立意見Cがあったとすれば、中立は敵でも味方でも無く中立としか言えないので、敵と味方という単純な二分法でしか関係性を捉えられないミクロな世界を想定すると、その世界だとそもそも”中立”が存在し得ないんですよね。
つまり、𝐴∧𝐵=∅ (空)で、𝐴∨𝐵=Ω(全事象) と。じゃあCはどこに?
となると、①Ωの外側か、あるいは、②不定、か。
①の場合は、外敵としてAからもBからも敵視されそうですね。案外、AとBが組んでCをやっつけそうな気も。インディペンデンスデイか。違うか。
②の場合は、いつ裏切るか分からない危なっかしいヤツとして、少なくとも信頼はされないですし、なんなら、面倒だから最初にブッ殺しとくか、とAとBが共同作業しそうですよね。松永久秀か。
という訳で、①も②のパターンも敵、味方、と同義では無さそうですね。というか、立場だけだと、どうとでも解釈できるので、あんまり意味は無く、明らかにした瞬間に収束するんでしょうね。つまり、∣𝜓⟩=𝛼∣𝐴⟩+𝛽∣𝐵⟩ という訳ですね。
何の話でしたっけ?
ま、兎に角、敵だ味方だ、という単純な二元論は大変分かりやすい(だって2値しか無い訳ですし)ですが、分かりやすいが故に、視点のヌケモレが起こりやすいので、気をつけたいところですね。

レフト

J ♂️
同義ではない場合もあると思います。

大滝
対立を煽り楽しむ「道化」
のどちらかだと思う

P
確かに敵になる場合もあると思います。例えば2者間の問題になりますが、「どっちもどっち」と言ってしまえばそんな感じにならなくもないと思います。
しかし、中立的立場とは本来は敵対ではなく、関与しないことや公正の観点に立つことだと思います。
極端な二元論では敵を作るでしょうが、中立的立場とは敵を作るものではなく、対立の激しさや中立の取り方次第で敵を作ったり公正さが生まれたりするものだと思います。

にくまん
そんなことない場合もあるのにね…
としゆき
少なくとも中立でありたいことを希望する人とその利益の受益者たちからは敵にはなりにくいと思いますが、それ以外の人間、つまり中立であってもらっては困る立場の人たち、中立のままである方が都合がよい立場の人たちにとってはやっかまれたりありがたがられたりと、敵味方さまざまな対象として認識される可能性は十分あります。
つまり、その人の中立の立場が都合のわるい人たちにとっては「比較的」敵として認知されやすく、その人の中立の立場が都合の良い人たちにとっては「比較的」味方として認知されやすいと考えられることから、全ての立場の敵になるということはないと結論できます。

狼
よってそれを貫くと言うことは「全ての立場の敵になる」ではなく「全ての立場が敵に回っても貫く」と言う表明でしかなく、貫くなら敵であるとするのは拡大解釈と言って良い。
そのような拡大解釈をする相手にも対応しなければいけない事実を持って、拡大解釈を許容するのは、拡大解釈で自身の攻撃性を許容する個人や国家に利するのみで、あまり良い発想とは思えない。
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