中立的立場を貫くことは全ての立場の敵になることと同義か?
中立的、誰の敵にもならないということは誰の味方でもないから味方ではないから敵なのかなって思ったりする

大滝
対立を煽り楽しむ「道化」
のどちらかだと思う

SUZUME
塩を引き立てる為の砂糖、
砂糖を引き立てる為の塩、
といった深みをコントロールする
『シェフ』の様な存在であり、
シェフが
塩と砂糖という対照的な要素を
絶妙に使い分けることで
料理に深みと複雑さをもたらす様に、
中立的な立場の人もまた
対立する意見や視点を組み合わせ、
全体にとって最適な『味わい』や
解決策を見つけ出す
能力を持っていると
言えるのではないかと思います。

愛善院

シゲ
*ある人は、同意でないものは敵と言う
*ある人は、別の意思の者でも独立した意思で
敵ではないと言う

P
確かに敵になる場合もあると思います。例えば2者間の問題になりますが、「どっちもどっち」と言ってしまえばそんな感じにならなくもないと思います。
しかし、中立的立場とは本来は敵対ではなく、関与しないことや公正の観点に立つことだと思います。
極端な二元論では敵を作るでしょうが、中立的立場とは敵を作るものではなく、対立の激しさや中立の取り方次第で敵を作ったり公正さが生まれたりするものだと思います。

にくまん
そんなことない場合もあるのにね…

狼
よってそれを貫くと言うことは「全ての立場の敵になる」ではなく「全ての立場が敵に回っても貫く」と言う表明でしかなく、貫くなら敵であるとするのは拡大解釈と言って良い。
そのような拡大解釈をする相手にも対応しなければいけない事実を持って、拡大解釈を許容するのは、拡大解釈で自身の攻撃性を許容する個人や国家に利するのみで、あまり良い発想とは思えない。

ナトル
関ヶ原の戦いでの各武将の戦後処理を見ると明らかです。
色々要因がありますが 西軍 側であった 島津家は許しをこう最後の最後まで敵という扱いではあったが 言い分を通したため最後は領土を維持したまま 江戸を迎えるし それに対して 佐竹家は家同士が 西軍派、東軍派に分かれて最後の最後でも褒めたため 茨城から秋田に左遷されるという処分を受けたというのもありますし
小早川秀秋早いうちに裏切る契約を東軍にしていたため 裏切っても 手柄として評価されたし それに対して赤座直保最後の最後に 何度 連絡もなしに裏切ったため 改易処分になった事例があります。
やはり 白黒はっきりさせることによって周りからの信頼も得られるのと思います

憂い顔の騎士
中庸の考えをすれば、対立などありえないと思う

NOV76
敵とは利害を侵す者のことであり、中立に与することでそうならないなら。
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