どうして人は長生きさせたがる
極端な話、この世の誰もが、生まれたくて生まれた訳じゃない。命を投げ出したいわけではないが、特に執着もない、という考えもあって良いはず。ではなぜ、人は健康でいることを強制するのだろうか。世の中には健康を犠牲にして幸せを得たい人もいるだろう(タバコ等)。
人が健康、延いては長生きを良いとするのはなぜだと考えますか。

こう
長生きさせた方が得だからは成り立たない。

👶
一部破損が全部破損になることが死だから

お気楽じーさん

マツ

セナ
ただ自分の仲良い人に生きてて欲しいって気持ちとか、裏返せば死んでほしくない、長生きして欲しいって気持ちが実際に強く湧く。
そして、医者が患者に延命処置を施すのをうちの母は病院の権威のためと批判的だったが、
それはないとは言えないもののじゃあ安楽死させるのか、延命処置はやめてターミナルケアをするのか。
もっと卑近な例だと自殺とか、そう言った行為を引き止めるのは、その当事者の周囲にも悲しむ人間がいるだろうと想像するからではなかろうか、
本当にいない人は今の所見たことない。いないとは言わないが。

J ♂️

シズ
🙇
① 本能的解釈:生の肯定(アリストテレス以前〜)
もっとも根源的には、
生はそれ自体として善である
という前提があります。
生きること=目的
死ぬこと=欠如・喪失
この考えでは、
「長く生かす」ことは善の延長です。
理由を問う必要すらない。
医療が「延命」を当然視しやすい土台。
② 功利主義:最大多数の最大幸福
ベンサム/ミル的に言えば、
生きている間は
快楽や満足が「増える可能性」がある
死はその可能性をゼロにする
だから、
長生き=幸福量の期待値を増やす行為
と考えられます。
苦痛が少ない限り、延命は合理的。
③ カント的解釈:人間の尊厳
カントにとって人間は
目的そのものとして存在する
つまり、
人は「使い捨て」にしてはいけない
生を途中で断つ判断は危険
ここから、
長生きさせたい=人を手段にしない姿勢
が生まれます。
延命は尊厳の尊重と結びつく。
④ 実存主義:死から目をそらす(ハイデガー)
ここで一気に暗くなります。
ハイデガーによれば、
人は本来「死に向かって存在」している
だが日常では、それを忘れようとする
延命への執着は、
死の不可避性を直視したくない態度
とも読めます。
長生きさせたいのは
本人のためではなく、
生きている側の不安を減らすため。
⑤ ニーチェ的解釈:生の量ではなく質
ニーチェははっきり言います。
生き延びること自体は価値ではない
価値があるのは、
力強さ
創造
意志
延命が
衰弱
受動
苦痛
を増やすだけなら、
それは生の否定ですらある
⑥ 社会的解釈:責任の回避
かなり現代的な視点です。
死を選ばせる責任を負いたくない
「できることは全部した」と言いたい
つまり、
長生きさせたがるのは、
生きている側の免罪符
という解釈。
延命は倫理ではなく、自己防衛。

ゲッチュー

ホヨトホー
一般的な話として、「健康」「長生き」が是とされているのは、長く人が生きてる方がそれだけ消費行動をしてくれるし、そもそも人間の本能が生きたがるからその普遍的な需要に合わせて、投資が増え、研究開発が促進されて、商品展開…という市場原理も働くんだろうしなぁ…

そうじろう
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