包丁は美味しい料理を作る道具にもなるし人を傷つける凶器にもなる。知性にもこの性質があると仮定した場合、どのように用いたら道具で、どのように用いたら凶器になるか

愛善院
話はそれからだ。
包丁が研げない料理人など使い物にならん、自分で修理できないバイク乗りはバイクなど乗れん、目の前にあるものに好奇心を走らせられないディレッタントは単なるゴミ置き場だ。

狼
ウマい事を言えば、好みが合う人には「作るのが上手だね」とか言ってもらえるかも知れません。オイシイ経験が出来るかも知れません。これがキレる頭と言うやつです。
――という、言葉遊びはこのくらいにして。
この話、凶器の厳密な定義で言うと故意である必要があり、さらに実際の外傷に話が限定されます。
心的外傷や過失の話は入ってきません。
出題者の意図が分からないため、一先ず、以下に厳密な定義での解答を残します。(私としては心的外傷や過失の話を含めた方が面白い話でしたが、それはまた別の機会にします)
【厳密な定義での回答】
まず大前提として、凶器も道具の1体系です。
ですので先ずは道具としての知性を定義します。
道具は「何かをしたり物を作ったりするために用いる器具の総称」です。仏具や嫁入り道具など多岐に渡ります。嫁入り道具に知性が入っていたらとっても素敵ですね。
閑話休題、何かをする時に、物事を知ろうとしたり考えたり判断したりする行為が、道具としての知性です。
凶器としての知性の話に移ります。
今回の仮定に置ける凶器は「用法上の凶器」に該当します。本来「知性そのもので傷つける訳では無い」とケチがつきますが、今回の仮定では無視できます。
知性は「間接的に殺傷能力をもつ用法上の凶器」です。物事を知り、考えたり判断したりする能力を殺傷に使えば、知性は凶器と成ります。

憂い顔の騎士

興味
凶器も道具に含まれると認識しています。
法律、そしてそれに定められる刑罰は、人を害する凶器とも言えますが、それらは大抵、刑法学を始め先人の積み上げた知識を理解する人々が知性的なプロセスを踏んで設計しています。
知性的なプロセスで必要とされた凶器は有用な道具である、私はそのように思います。
なお、"知識"を"弄して"凶器とし人を傷つける振る舞いは、まずそれが知性的ではない、と考えます。

ニックX🐦🔥
つまり環境による。そして立場による。

からみだいこん

ワニ

夏休みの最終日

P
道具も知性も攻撃性を帯びたら何でも凶器になると思います。

ナトル
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