その人をその人たらしめるものとは
大事な人が、記憶の大半を失った、または私のことを全て忘れてしまった。
その時、私は相手(記憶を失った相手)のことを同じ人としておもえるのか。
なお、記憶が戻る可能性はとても低いものとする。

ろん
結局、人が人たらしめるものとは「貴方がどう認識するか」によるのでは?そこに明確な正解を求める必要などあるのでしょうか?数式ではなく対人に置ける正解など個々人によって異なります
人によって「肉体」という物理的な存在に対してが人を人たらしめると言うでしょうし、人によっては「記憶」と答える人もいるでしょう、どちらも正解で良いと思います自身が納得し腑に落ちる解釈をすれば良い、貴方の人生なのだから

ゆうち

レヌーシュカ🐹

愛善院
ゼルダの伝説だけ都合よく記憶消えないかなぁ、とか、相手が自分を記憶しない前提ならば割と容易に、むしろ忘れたいことなんて山のようにあったりするもんなのにねぇ。

風の音
症状が悪化すると、俺の“へその緒”等もゴミに捨てられていたり、介護施設に面会に行っても介護員と間違えられて挨拶されたり「この人は息子じゃない」と言われたり…
それでも、その人はその人、俺にとっての母親で、本人が「延命措置が必要か?」という質問にも答えられないくらいボケて代わりに答えさせられるまでやれるだけのことはやった。
相手が記憶を失くしても他人にはならないし、親を見限って“他人”扱いしても、親としての認識は変わらない。
その人をその人たらしめるのは「唯一無二の存在」だからであり、歳をとって容姿が変わったりボケや障害で記憶や認知能力が落ちても「個人の変化」に過ぎず「他人」にはなれない。
自分のクローンや一卵性双生児がいても、自分や他人から見たら相手は「自分」ではないことからもわかると思う

ニックX🐦🔥

正宗(ろー)
事象としては、
人格的同一性、性格的同一性、容姿的同一性、アイデンティティ的同一性、価値観的同一性等が『その人をひの人たらしめている』と思います。
([星2]ここが解の部分。)
なので、
カルト宗教に入信した結果、人が変わってしまったような場合というのは、脳機能や認知機能に影響が無くとも、『人が変わってしまった』と印象づけられますが、これは『認識』側の判断によるものだと思います。
反対に、
カルト宗教に入信して人が変わってしまった場合や、脳機能や認知機能に困難が生じた場合であっても、認識する側が『本人だ』と認識する限りは同一性は保たれることになると思います。
カルト宗教の場合、「私は私のまま。気付いただけ」のように本人は言うかもしれません。
この場合は、本人は同一性を保っている『認識』で、他者は同一性を保っていなくて、人が変わったと『認識』している場合だと思います。
kaede
記憶喪失の方の話をしているのか?
によって答えは違って来る。
アルツハイマーー型認知症の記憶維持の難行と、記憶喪失では全く違うので…

憂い顔の騎士

臼井優
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