全てから「自由」であれば不幸にならないのでは?

岩﨑 真吾
と文明や家族そして仕事(凄い簡単な仕事でも良し)
があって自由は成り立つ。 「ただ文明や家族仕事の者が人や子供を故意に精神的肉体的に害(損失)などしてはなりません。」
自由とは人格形成、文明家族仕事が合って成り立つと思うよ

岩﨑 真吾
健常者も病気の人も精神的な教育
物質的な教育が
なければ不幸である

Dandelion

らうらか
よって自身を不幸だと嘆くんじゃないかな。。。
自由を追いかけている限りは自由にはなれないと思う。
たろう☸️
例えば、初期資本主義の場合は政府が全く介入しないので実力がある企業は成長しやすいです
しかし、何にも社会保障がないため、労働者や働けない人は生きていくのに苦労します
全てから自由でも良いが、他人との権利が衝突した場合に何かしらの制限が必要です
ある程度の制限に全員が納得する事が大事かと思います

ナツミカン
安定や安心を幸せと定義する人であれば、不幸ともいえよう。


カラー

まるる
仮に最初から全て自由であった場合、自然とその状態が幸せの基準になる為、自分が幸せであることに気づけない
途中から自由になった場合でも、その状態に慣れて幸せといえる水準が自然に上がるだろうから同じことが言える

若
『真空は空ならず』
という言葉がありますが、『空』とは煩悩から解き放たれた悟りの境地。
ただ、全ての煩悩を排し、完全なる空=『真空』を求めるということは、それは人として正しい姿なのだろうか?
と説いてます。
綺麗な面、汚い面、正しい考え、間違った考え、それらを清濁併せ呑む姿こそが、真の人足り得る『悟り』に繋がるのではないか。
また、変すれば、真空を求め、人であることをやめた者に、悟りは必要なのだろうか?
という問いにもなるかと思います。
それと同様に、全てにおいて自由とは、人として生きる上で本当に幸せと言えるのだろうか?
と思います。

みい
1番の不幸な気がしてる
すべてから自由って言われると困っちゃうもん
ちょっとストレス
ちょっと不自由
が1番心地よくて、実は1番の自由
だと思ってる
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