「生きる理由を持つ者は、ほとんどどんな「苦」も耐えられる」。どう思う?

没壱 ヤモオ
海の環境で生きる生物
山の環境で生きる生物
暑い所、寒い所、湿度が高い所、低い所
酸素濃度が違う所、塩分濃度が違う所
あらゆる場所に生物はいる。
環境に適合しているだけであって
決して「楽」ではない。
そして「苦」とも思わないかも知れないが、
人間視点で見れば「苦」そのもの
地球は「苦」が充満した所とも言える。
「苦」と思う事は「楽」を見知る必要がある
「楽」を知るのは一部の人間と一部の
人の手によって育てられた動物達だけ
その質問に行き着くという事は、「人」であるがゆえだからです。
自分より収入、才能がある、輝いている、恋人、家族がいる等々を、自分には無いものを持っている人間を見て知ってしまっているから
そしてそれを得れなかったり、失ったり、自分の人生に疑問を持ったから。
生きる理由だった妻を失った自分には、この身を持って感じ取れる話だ。
仏教にはこんな言葉があります。
「一切皆苦」と「四苦八苦」
「苦」は別の「苦」でしか塞げなく、
でも、塞ぐ「苦」はその人にとっては「苦」ではなく「楽」なのかも知れない。
「苦」の中に「楽」を見つけ、また「楽」の中に「苦」を見つける。「苦中作楽」の心
言葉にすれば難しいかもだけども、みんな何だかんだでそれを自然に出来ている。
そうやって、心の乱れの幅を調節しながら生きている。
自分もそぅ…妻との約束や思い出にこれからの自分や妻への供養を絡みつけて、この「苦」が充満する世界に括り付けて、天寿を全うする理由にしてる。
「ほとんどどんな「苦」も耐えられる」ではなく
「全ての「苦」を受け入れて、そこに楽を見出す」だと思っている。
ニシナリ
役割を持つ者は苦しみながら
前向いてなんだかんだで苦をやり過ごす。
役割がなくなった者は、不条理にも
天が呼ぶのである。
着物男子(🚬
生きる理由があるというのはそれに縛られる その理由が叶わなかったら苦しくなる その理由がしたくなくなっても逃げられない
案外理由もないほうがひょうひょうと生きていけるかも

蘇我靈眩導師准尉

グン
耐えられませんよ…

ナトル

ニ夕ン
話は逸れるけど、特定の他者を理由には生きるつもりはなくてそれやっちゃうとなんかあった時、裏切られたと泣いて、怒りが湧いてきてしまう
俺は己のために己を原動力に生きたい(という希望・願い)

マスター

ta
そしてさらに厳しく言えば、
生きる理由を探している者は、まだ人生に納得していない。
本当に生きている者は、理由を語る暇もなく生きている。
理由を問うのは、たいてい苦しみが意識に浮かび上がったときだからだ。

キッシー
その苦しみすらも、死後に極楽浄土に向かうための修行と考えれば、苦しみも苦しみと感じなくなると…
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