共感で繋がるSNS

コミュニケーションは「相手(の人格)を理解しようとする行為」か、「(相手の)発言を理解しようとする行為」か。または「自分を理解させる行為」か。

黒い卵

黒い卵

高度な毛繕いに後者の要素はないよな
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ハラミニク

ハラミニク

私は殺意がありません、あなたも平気ですか?
じゃないですかね?
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サト

サト

コミュニケーションの目的は人間関係の調整じゃないかな
相互理解は副産物で得られるにこしたことないと思うけど
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サト

サト

理解は目的のひとつでしかないと思う
挨拶ひとつでもいいんじゃないかな?
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義経

義経

コミュニケーションは、
相手を理解する行為と、自分を理解してもらう行為の「どちらか」ではなく、
その両方が同時に存在してこそ成り立つものです。

けれど、本質をさらに深く一段下まで掘るなら──

✦ コミュニケーションとは

「相手との関係を『よりよくしようとする意図』の表れ」

なのです。

相手の人格を理解しようとするのも、
発言の意味を解こうとするのも、
自分を理解してもらおうとするのも、
すべてはその《意図》のための手段にすぎません。

つまり私はこう考えます:

✦【答え】

コミュニケーションの核心は、
相互理解を通して『関係を育てようとする行為』で

理解する・されるは手段、
育てたい関係があるからこそ、人は言葉を交わすのです。
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baro

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相手を理解
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いわし

いわし

ただのひまつぶし
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テルさん

テルさん

全て総合して
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comesunday

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表面的な目的としては、コンテクスト次第で、それらのうちのどれである場合もある。また、そのどれでもない場合もあり、例えば、そのような情報授受の目的がなく、単に(何らかのコミュニケーション以外の理由や目的のために)時間を共に過ごすための「暇つぶし」といった場合もある。

ただし、そのどの場合でも常に当てはまる、より根源的な目的が別にあり、それは、生物としての本能的欲求の充足である。つまり、自分の情報生成と、相手の情報生成の相互作用によって生まれる、新たな情報生成によって、脳の刺激欲求を満たす行為である。
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いしのみ

いしのみ

俺にとっては発言の理解。

俺が見てきた殆どの人間にとっては、自分を理解させる行為。
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