哲学や心理学は他の学問よりもスーパーライト層がなぜ多いのか。
mbtiが心理学とか思ってる人、1人で悶々と考えて哲学やってるって言ってる人、人それぞれで全てを終わらせる人

ぽよにてぃ
軽くて深そうで相手の教養と生きてきた世界によって受け取り方が違うから幅広い言葉なんだと思ってます

くま
心理学の場合、専門的な知識や実証研究をほとんど知らずに、
経験則や印象を心理学用語っぽく語っているだけなら、
それは「ライトな心理学」というより、
単に心理学っぽいことを言っているだけで、
心理学とは言いにくいと思います。
一方、哲学は少し違います。
「自由とは何か」「幸福とは何か」「人間とは何か」と考えることは、
専門知識がなくても始められます。
それ自体が哲学的思考になり得るので、
そもそもの入口が非常に広いのだと思います。
また、哲学にも議論の質を評価する基準はありますが、
物理学の実験結果のような、
外から見ても一目で分かる「決着の物差し」はあまりありません。
そのため、初心者と専門家の思考の深さの違いも、表面上は見えにくいのではないでしょうか。
つまり、哲学にスーパーライト層が多く見えるのは、
浅い人が特別多いからというより、
誰でも参加できるほど入口が広く、
その深さの違いが外からは見えにくいからではないかと思います。

II
即金で金出せ。無ければ個人の名誉を寄越せ。
これに大半が右へ倣え。
他に、精神論、マウント癖、ミソジニー社会、偉そう、負けを認めない伝統的な文化など
他の学問は、金の匂いが多少するので軽々に弄らない。やると袋叩きにあう。
世界的に見てそういうのであれば、ノーベル心理学賞、哲学賞が無い理由と同じ。

Ryu’sBar

たくひら
ひとつは「自分が精緻に考えたことと、相手にその精緻な考えが正確に伝わることにものすごい壁があるから」本当に並々ならぬ考えを持っている人が目の前にいるかもしれないのですが、哲学的に考えたことを相手に表現してそれが伝わるということが、遥かに難しいということが挙げられます。今回も私は「スーパーライトって何??」と言っているように言葉にはイメージがありそのイメージが同等かどうかはわかりません。質問者さんは相当スーパーライトという言葉について哲学的に考えられていたかもしれない。でもその思考の跡みたいなものが見えない。だから、もし同等のイメージを持って欲しかったら「その期待相応に精緻に言葉を駆使しないといけない」このハードルがとにかく高いので、スーパーライトに見えてしまうという問題にぶち当たるんだと思います。
もうひとつは、哲学はとにかくと「抽象的」「机上の空論」から「生活の知恵」や「実践」までが遠いんです。だからディープに考えて「実践」に落とせないとなると、「実践」に落とせるレベルの哲学でとりあえず満足してしまうということがあると思います。最新の生成AIと言語論みたいな論文を先日チラッと読みましたが、理解するだけで精一杯でこれをどうやって明日から活かせと…??となりました…w

セナ

霜月

はる

セナ
趣味で大学への数学やってる人が数学が趣味っていうのはわかるけど
哲学はそういった目星になりそうなもののイメージが湧きにくい。
哲学の本とか色々な周辺知識調べても、哲学に明るいかって自問自答してみると、好きだけどそうは思わないって感じだしなぁ。
ぶっちゃけ自分は、真面目に考えてるつもりだけど側から下手の横好きとみえるならまぁしゃあないって感じでやってる。
ただ興味の対象に哲学ってラベリングがされてたって感じ。

むかで
仏教で言うなら、正確な悟りの概念が伝わっていないのにも関わらず、悟ったような事をのたまう人は、我欲の強い嘘つきに見えます。
私は悟りたい訳ではなく、ただ腑に落ちる言葉が欲しいだけです。楽に生きられる為なら、宗教だって哲学だって使います。
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