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ここには10人いるが、椅子は1つしかない。みんなこの椅子に座りたい。そのためには自分が椅子に座る権利を手にする必要がある。この権利はどのようにして決められるか?

ねじまき

ねじまき

本当に座りたいのか?胸に問おてから。
哲学哲学
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たよ

たよ

まずは3チームをくんでもらいます
自分があぶれます
その隙に座ります
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you

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権利は全ての人にある
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🎮ともしゃん 🌱(ゲーム好き)

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椅子を複製する
哲学哲学
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仁

何が懸かっているか次第だが、生命が懸かっているなら殺し合いになっちゃうな。でも僕くらいの歳になると、この子だけはと思うような子がいたら、その子の応援に回るかもしれない。
ただ椅子が一つしかないなら、あっさりあきらめそうな気がする。
一つのモデルとして、ネットフリックスの『今際の国のアリス』を見るのも面白いよ。
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マツ

マツ

椅子取りゲームする
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雨

あみだくじ
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星川

星川

腰と引き換えに椅子の悪魔と契約します
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🫠さ丸

🫠さ丸

椅子が1つで人が10人いる
この状況ってただの“争い”じゃなくて
社会そのものの縮図だと思う
効率やデータや最適化で決めようとすると
結局は強い者や声の大きい者が勝つ
それは左脳的な公平で
手続きは平等でも こころは置き去りになる

でも本当の公平は
やさしさから作られるとおもう
ケガしてる人がいたら座らせたい
体調の悪い人がいたら譲りたい
その場の温度 感じ方 文脈
右脳で“共鳴”しながら決める公平がある

じゃんけんはたしかに平等だけど
平等と公平はちがう
全員が同じ条件に立つことよりも
その瞬間いちばん椅子を必要としてる人を
みんなで感じ取る力のほうが
人間らしいとおもう

結局
椅子の取り方は文明の価値観そのもの
左脳の社会は効率で決め
右脳の社会はやさしさで決め
前頭前野の社会はそもそも“椅子の意味”を問いなおす

ぼくは
10人で1つの椅子をどう扱うかより
10人のあいだで
やさしさがどう循環するかのほうが
ずっと大事だと思ってる
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りな

りな

全員床座れ
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