なぜ多くの人は語りたがるのだろうか?
多くの本や論文で人は聞くよりも話した方が満足感があるというのが定説です。それを踏まえてお願いします。「私はちがう」とか「聞来たい人も多くいます。」は前提からずれるのでやめてください。

すずめ

ようりーな
共有したい、わかってほしい
認められたい
仮に反論されたとしても
ひとりではできない事だから

ひすい
人間として生きる意味だから
ではないでしょうか

はやちゃん

セナ
相手に内容に興味をもって欲しい、
承認欲求を満たしたい、
共通の趣味をとった人と繋がりたい、つまり友達が欲しい、寂しい、孤独から解放されたい。
要は結局楽になりたいだけだと思います。

ノゾ
過去から受け継ぎ、自身の学びを加えて、未来へ送る。というのが人間の主たる機能、それこそが生きる目的とも言える。
それは新技術や発想や業績という大きなものから、少し言葉を交わすことで伝わる印象というレベルのものまで含まれていて、人が語りたいのは「後に残る何か」を選ぶ淘汰の中に自身の学びや発想を投入し、つまるところ生命全体の巨大な営みに参加するため。
言葉も技術も、生殖行為や恋愛に至るまで、全て「伝える」というありとあらゆる生命に本性として宿る衝動による。
衝動というより、物が高いところから低いところへ落ちるのと同じような、単なる自然か。

たか

ビリケン

kay.o3298

K
人は感情を表現するのに【言葉】を多用する。
【言葉】は二人称(?)であり、「言う側」と「聞く側」に分かれ、【言う側=先手】【聞く側=後手】と捉えるとき、先手の方が有利であるから…語りたがるように思う。
逆に『後の先を取る』ことが出来たら、連戦連勝間違いないが、これには【社会的地位】が必要なことが多い。
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