なぜ人々は努力はいくらでもできると思ってしまうのか。努力すれば...
による概要

+9
自分が努力できる力を把握しておくことは大切だと思います。
努力できるかどうかには、遺伝的な要素が約30%〜50%程度影響しているとされていますが、残りの大部分は環境(家庭環境、教育、経験など)が定説です。環境は成長期によるものが大きいと思いとます。大人になって力を伸ばすのが難しいことが伺えます。
餅max
心身ともに健康でいてかつ生活基盤整っててはじめてできるものだと思うよ
まれにそうでなくても努力できる生物学的エリート個体がいるだけ
だから努力できてる人は自分の親や家族、友人知人、ひいては社会に感謝し、成功した暁にはちゃんと還元しようね

のぼ
子供の時ほど感覚は鋭いんですね。
努力と言ってる大半が苦しそうなんです。
違和感に気付いた人から努力に躊躇いを感じるんですよね。
「やりたくない。自分には合わない」
そう思っても様々な理由でせざるを得ない。
「本当はあれがしたかった」なんて想いを持ちながら、ずっと生きられるほど人は強くないみたいです。
「辛かった人生には意味がある!」
「このまま続ければきっと!」
そうしていないと自分で自分の人生を否定しちゃいそうなんです。
頑張れなくなっちゃうんです。
そんな先輩方がたくさんいる世の中ですから、研究で明らかになった事実をもとに自分に合った生き方をして、肯定できる人生を歩みたいですね。

ネオニート なおき

愛善院
正しい努力は成果さえ出せれば終わりである。

koji先輩
何回やっても同じ失敗で終わるかもしれない
だけどか買ってみなきゃ絶対に当たらないよ

憂い顔の騎士
太古の昔、獲物を得るため、武器を作り、罠を仕掛ける「努力」をしてきた
たれぱん
好きな事を頑張ることは「努力」ではないかな。
やらなきゃいけないことをシブシブ頑張るとこも「努力」ではないような気がする。
「努力」は目的があって、それを達成するために「我慢」しながら頑張る事かなと思う。この「我慢」なしに目的を達成できるのであれば、「努力」ではないかな。
では、「努力」をいくらでもできると思うのか、、、
目的を達成するために「我慢」しながら頑張らないといけないからかな。目的が達成できていないのは「我慢」と「頑張り」が不足しているという結論づけるからかな。
「努力」が報われない→目的を達成できないのは、必ずしも「努力」が足りないのではない事が多いのではないかな。
だるま落とし


よん
それから、ただ夢中になってやってたら、側から見ると努力に見えることもある。

セナ
もっとみる 





