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学校の清掃時間は「無償労働」か「環境整備の習慣づけ」か。【教育論争@ドイツ】

警備のけんさん

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集団生活の育成

日本はこれを重んじるから
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ねじまき

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己の余分なものの掃除でもある
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風の音

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ドイツがどのような清掃時間になっているかは知らないけど、日本においては「環境整備へのコストダウン」と「団体労働への適応訓練」に思います。
あれだけの場所を毎日終業後、清掃業者に依頼すると学費と支援金だけでは回らない。こちらが主の目的かな?
また、「掃除をサボる人」「真面目にやる人」など、集団で行う労働に対して適応するための耐性や積極性を身につければ二兎を得るな~的な淡い目的もあると思う。

お題の回答としては「両目的」、あえてひとつを選ぶ必要があるとしたら、習慣づけは大人になって働くようになったらわかるけど“ほぼ成果無し”なので[笑う]「無償労働」を選択します
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D.O(ダメオヤジ)

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皆で使う所を皆で掃除するのに理由はない気がしますけどね[笑う]でも日本人の根底にあるとても大切な感覚を養ってくれているなと感じます[笑う]
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紀文屋

紀文屋

環境整備の習慣づけかと思います。学生時代にはあまり身についた実感はありませんが。

『学校環境衛生活動』か『校内美化活動』かによっても思う所はありますが、清掃時間をボランティアや無償労働という言い方で、その意味も説明されていたら…

今みたいな“気分屋”では無かったと思います。




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ゆうたん

ゆうたん

一般常識としての教育。

家庭で教えることである。但し、校舎内に限る
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すかい🍉🍡🍅🍭💫

すかい🍉🍡🍅🍭💫

質問の形式には反しますが、
私が、考えるところでは、
『無償労働』ではなく、『有償労働』。

無償という言葉の定義としては、
対価を得ずに労働をすることです。

対価を、お金やサービスに
限定すれば、学校の掃除は、
『無償労働』だと思います。

しかしながら、
学校の掃除、つまり、他者のために働くことは、
人生の徳を積むことだと考えるならば、
徳という対価が与えられるために
『有償労働』になり得ます。

この考えの拠り所となるのは、
この世界には、科学で証明できない、
不可思議な存在や現象に帰依し、
救いを受けたいという
一縷の望みや、なにを善とするのか、
善く生きるとは何なのかという
暫定的な答えを追求したいという思いです。
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じゃんく

じゃんく

どちらも含まれると思います
まず、無償労働ではある。これは事実。
ただ意味のない無償労働か?これは違いますね。
というより意味のない無償労働にしてしまうことが1番の問題。
どういった意図があるのかを共有することが、ただの無償労働にしない「教育」なのだと思う。
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セナ

セナ

どちらとも捉えることは可能だと思うよ.
表面的に見たらなんでお金払って(場合による)行ってる学校の掃除を生徒がしなきゃなんですか?塾の掃除する様なものでしょう?
とも捉えられますが、
習慣づけ自体が大切であることと、実際に掃除してみて色々感じることあると思う。
綺麗になった爽快感とか、
本棚でこう並べた方が見栄えが良くていいな
とかそう言った思索も大切だと思うんだよね。
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マツ

マツ

じゃあ清掃しなければいいじゃん
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