学校の清掃時間は「無償労働」か「環境整備の習慣づけ」か。【教育論争@ドイツ】

パン
例えば休み時間5分は学習の切り替えとして非効率に思うし、どう教育として効果的に組み込むかだと思うな。

すかい🍉🍡🍅🍭💫
私が、考えるところでは、
『無償労働』ではなく、『有償労働』。
無償という言葉の定義としては、
対価を得ずに労働をすることです。
対価を、お金やサービスに
限定すれば、学校の掃除は、
『無償労働』だと思います。
しかしながら、
学校の掃除、つまり、他者のために働くことは、
人生の徳を積むことだと考えるならば、
徳という対価が与えられるために
『有償労働』になり得ます。
この考えの拠り所となるのは、
この世界には、科学で証明できない、
不可思議な存在や現象に帰依し、
救いを受けたいという
一縷の望みや、なにを善とするのか、
善く生きるとは何なのかという
暫定的な答えを追求したいという思いです。

ナトル

憂い顔の騎士

警備のけんさん
日本はこれを重んじるから

りり

風の音
あれだけの場所を毎日終業後、清掃業者に依頼すると学費と支援金だけでは回らない。こちらが主の目的かな?
また、「掃除をサボる人」「真面目にやる人」など、集団で行う労働に対して適応するための耐性や積極性を身につければ二兎を得るな~的な淡い目的もあると思う。
お題の回答としては「両目的」、あえてひとつを選ぶ必要があるとしたら、習慣づけは大人になって働くようになったらわかるけど“ほぼ成果無し”なので[笑う]「無償労働」を選択します

らっぴ

紀文屋
『学校環境衛生活動』か『校内美化活動』かによっても思う所はありますが、清掃時間をボランティアや無償労働という言い方で、その意味も説明されていたら…
今みたいな“気分屋”では無かったと思います。

マルコ・アモレッティ
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