
灯坂ゆいら
灯坂ゆいら|静かに心を動かす物語を描いています。
『ホットミール』公開中。
すぐに読める短い小説を書いてます。
読後、もしなにか感じたことがあれば、一言だけでも教えてもらえたらとても嬉しいです。
読書
創作
精神的に自立している

灯坂ゆいら
夢中で走った。肺が寒い空気に乾燥し、出血してしまうのではないかと思うくらい全力で走り続けた。長い距離を逃げるなら、ペースを守り筋肉が硬直しない程度の力で走るべきかもしれない。しかし、後ろからあの冷たい2本の刃が首にあてがわれているような妄想が頭から掃き出すことが出来ず、自然と足に力を込めすぎてしまう。
なんだよ!なんなんだよ!こっちに来てから災難ばかりだ。俺がなにかしたかよ!理不尽だよ!いや世界なんてこんなものか。理由あって、原因あって不運がやってくるわけではない。分かってる。分かってるけど、期待してしまうじゃないか...あと1キロぐらい走ったら、もう奴は俺を諦めるかもしれない。いやもはや、俺を追いかけてくる人間なんてもういないかもしれない。そうだ。きっとそうだ。もう少しだけ走ったら、いったん休憩しよう。休憩したらまた走ればいい。もう少しだけ走ったら...
思った以上に長い距離を走り続けている気がした。その間、ああでもない、こうでもないと女々しい考えとそれを許さない蛮勇がぐるぐるとループした。結局何かの理由がない限り走ることは辞められない。初めて感じた死の恐怖は、俺が休むことを許さなかった。
しかし俺の足は程なく止められた。ずっと続いていた木々が途切れたのだ。景色が変わったことで、少し状況が変わったと楽観的にそう思った。実際、木々の中よりも開けた道ならば、不意打ちの可能性は激減する。敵が見えていないという恐怖は解消された。そこでようやく俺は走る足を止め、その場に大の字に寝転んだ。きっともう大丈夫だ。こんなに頑張ったんだ。きっと状況は良くなっていく。
「君、星が好きなの?」
鈴のような声がした。咄嗟に上体を起こし、声の主を見た。その子はは灰色の顔に銀髪の髪を持つ少女だった。その子はこちらの顔を覗き込むように見ていた。俺は咄嗟の出来事に全身が硬直していた。
「邪魔しちゃった?」
「いや、別に。大丈夫です。突然のことで...」
「そうなんだ。」
彼女の見た目はセバスを襲ったあの男と同じ特徴だった。しかし、何故か恐怖心が薄らぎ、何故か安心してしまっていた。心拍も落ち着いてきたところで、何となく星を見上げてみた。
「私、星が好きなの。」
「星が?」
「うん」
「どうして?」
「星はね。私をいつでも見てくれているから。」
「星が見ている?」
「そう。星はいつでも私を見ている。私を一人にしない。だから好き。」
「君は星に見られていると安心するの?」
「安心?うん、星は私を安心させる。一人は寂しい。」
寂しいと口にした彼女はそのまま死んでしまうのではないかと思うくらい弱弱しかった。
「そうだね。孤独は死に至る病だからね。」
「病なの?」
「僕の生まれた場所では病らしい。」
「そうなんだ。」
一緒になって自分まで、弱々しくなってしまった。待て待て!せっかくゆっくり話してくれる人間に出会えたんだ。どうせなら、喜んでもらいたい。
「でも、いまは一人じゃないから。孤独ではないね。」
「孤独じゃない?」
「そう!今は俺がいるから、君は一人じゃない!」
安堵と恐怖からの解放で、少し変な感情になってしまった。言った後に恥ずかしいことを言ったことに気づいた。
彼女はキョトンとした後に、嬉しそうに笑った。そんな彼女を見て、俺も嬉しかった。この世界に来て初めての喜びだった。

灯坂ゆいら
城からの脱出は想像以上に困難だった。というより、危機感というものがきちんと用意できていない状態でこの世界に来たため、注意力が欠けていた。
「アレクの野郎め。見つけ出してぜってぇぶっ殺してやる。」
「ああ。あいつのせいで俺らは...いたぞ!」
城の中にまで入り込んだ敵は、裏道にまで手が伸びており、殺意むき出しの凶器を持って全力で迫ってきた。
「王子!」
急に眼の前に現れた脅威にただ硬直するだけで何もできない俺と敵との間に剣先が現れ、脅威から俺を遠ざけられる。危機一髪だ。
「無事ですか!王子」
「あ、ああ。大丈夫だ。」
情けない。しかし戦ったことなどないし、殺傷能力のある武器を持ったことすらないんだ。なにもできない。こういうのには適材適所なんだよ!
「王子!もう少しお下がりください!剣が振りづらいです!」
怒鳴られるように命令され、俺は重たくなった足を引きずりながら戦場と距離をとる。
「お前閃光のセバスだな。王子の護衛を任される人間ならば当然お前ということになる。」
「ああ。だったらなんだ」
「やはりか。ここで有名人あえるとはな。こいつは楽しめそうだ。しかし、その後ろでビクビクしている情けないのが、本当にアレク王子か?噂よりも、情けない姿で、まるで平和ボケした商人みてぇだな。」
う!そんな的確に俺の本質を見抜かないでくれ。ま、まぁ相手は凄腕で、俺の本性も一発で見抜けてしまうのかもしれない。
「一般兵の俺でも閃光を倒したという実績があれば、多少出世も望めるだろうよ。」
一般兵かよ!一般兵にすら見抜かれる俺の中身って、本当に嫌になる。
「セバスさん!頑張ってください!」
「さん?ええ、全力でお守りしますとも。」
咄嗟に鼓舞してみたが、王子である自分が配下にさん付けプラス敬語の変な言葉になってしまった。セバスさんが思ったよりもすごい人で少し張りつめていた緊張がほぐれてきた。
「もう少ししたら援軍が来る。変に突っ込まずに時間を稼げ。」
「ああ。いくら2対1でも閃光様が相手だと何があるかわからないからな。」
そんなやり取りのあと、戦闘が始まった。
とにかくセバスは早かった。レイピア?っぽい細長い剣を的確に間接付近に繰り出している。いや本当に早いな。2人を相手にしているというのに、常に優勢であり、相手も致命傷を避けるのがやっとの様子だった。
「早すぎるんだよ!」
「この速さは卑怯だろ!」
「こちらも必死なのでね。」
涼しい顔したセバスはその間も、鋭い突きを繰り返していき、徐々に相手は避けきれなくなっていく。そしてあっという間に、手首を破壊し、戦闘能力を奪った。いや、本当に強いな。
「命は奪わないか。お行儀のいい剣だな。」
「別に私は殺人鬼ではないですからね。行きましょう。王子」
「ああ」
危険をスマートに退けたセバスのあとを俺は追う。命の危機からの解放。何もしていないはずの俺の心臓はドクドクとうるさかった。
そこからは援軍には出会わずに城の外に出られた。警戒しながらゆっくりと森の方へと歩を進める。
「王子。今日のあなたは別人のようだ。」
「そ、そうか!?...いろいろなことが起こって動揺しているのかもしれない。」
「その発言がもうすでに別人...いえ、今はそんなことはいいでしょう。」
ふう。セーフか?
「これから王子には生き延びてもらわなければなりません。でなければヘッケル王に報いることが出来ない。」
「ああ、そうだな。よき王だ、本当に」
「...王子よ。少し私にだけ話させてもらえませんか?調子が狂います。」
「あ、ああ」
なんだか、今は何を話してもダメな気がする。もともとの王子はどんなだったんだよ!
森の中は異様に静かで生き物の雰囲気が感じられなかった。
「正直、王子が今の様な姿になってしまったのには私も動揺しています。それは敵軍に城を滅ぼされたこと以上にです。」
「...」
何も言うことが出来ず、沈黙が続いた。
俺は正直に中身が変わっていることを伝えればいいかもしれないと考えたが、セバスにとって今の俺は守るべき人間ではないと思われてしまったら、敵が大量にいる中一人になってしまうと考えると言い出せなかった。いや、敵に襲われる恐怖もそうだが、何もわからない状況で、頼みの綱であるセバスとの関係が失われてしまうのが本当に怖かった。
「私にとってヘッケル王は何よりも大切な存在です。私はヘッケル王のために生きてきました。存在意義を失っていた自分に、生きる希望を与え、居場所をくれた。だから私は頑張れてきました。」
「ヘッケル王のこと信頼していたのですね。」
「ええ。しかしあなたのことを大切にしてきたヘッケル王の姿を間近で見てきた私にとって、アレク王子、あなたも大切な存在なのです。しかしこれまでの王子は、私の助けなど全く必要ないほど完璧なお方でした。なので、今回あなたのために役立てて居ることに幸せを感じてしまっているのですよ。今までのあなたは守られる存在ではありませんでしたから。」
「それは今の自分への嫌味ですかね?」
「半分はそうかもしれませんね。」
「ははは...そうですよね~」
「でも」
「止まって下さい」
セバスは小声で俺の動きを制止させるとその場にしゃがみこんだ。咄嗟に俺もその場に静かにしゃがみこんだ。
「王子。手遅れでした。私が何とか時間を稼ぎます。その間に逃げてください。」
「え!?」
すると前方から靴と地面とがこすれる音が近づいてきた。敵だ。セバスはその音に向かって全力で駆けていき、戦闘が始まった。
「うぉーーー!!」
「おお?早いね。」
「な!?」
その男は灰色の肌に白髪の巻き毛の持ち主であり、タキシードのような恰好をしていた。容姿は整っており、左目の下の涙ボクロが妖しい。そいつは二本の短剣を起用に振り回し、先ほど2人の兵士を一瞬で無力化したセバスの高速の剣を簡単にいなしている。
「君。早いけどそれだけだね。」
「何を!?」
「それじゃあ、僕には勝てない。」
そういうと、2本の短剣を空に放り投げ、2の目の前に一瞬で近づき猫だましをした。2は急な出来事に面食らってしまい、その後の腹への蹴りをもろに食らい、吹き飛ばされる。
「びっくりした?」
「き、貴様!」
「そんなに睨まないでよ。ちょっとした茶目っ気じゃん」
人が後ろに吹き飛ぶくらいの蹴りだ。とんでもない威力だろう。やばい。セバス負けてしまうかも。そしたら次は俺が。恐怖で呼吸が浅くなり、目がチカチカしてきた。するとセバスはのっそりと立ち上がると、後ろの木によりかかりながら呟いた。
「時間くらいは稼いで見せますよ。逃がすくらいのね。」
はっとした。そうだ。この男は俺を生かすという王との約束のために戦っているのだ。ここで俺が震えていたら、この目の前の男の願いを踏みにじってしまう。勇気を出せ!逃げるんだ。どこか遠くへ。
俺はゆっくりと音を立てないようにその場を離れ、二人の姿が見えなくなってきた当たりで全力で駆けだした。

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「アレク王子。ふざけているのですか!先ほど、この危機を脱する妙案が思いついたから、皆を呼べとそうおっしゃったから、こうして急ぎで皆を呼んだのですよ。」
「えっと~...」
「まさか!?冗談だったとか言わないですよね!」
何だ!この状況!おいおい。妙案ってなんだ。というか今の危機的状況すらろくに分かっていないんだぞ!何てタイミングで転生させやがる。こんな状況誰であっても上手くいかないだろう!
「セバスよ。アレクをそう焦らすでない。いつだってアレクはその素晴らしい策でもってこの国をお救いになってきたではないか。今回もそのはずさ。今は少し頼りない雰囲気になっておられるが...」
「しかし、もう敵軍は目の前にいるのですよ!すぐに指示が無いとこの国は滅びます!」
うそ!そんなに困窮しているの!聞いてないよ。しかも俺ってそんなに頼られていた王子なの!?気まずい雰囲気だよ!どうしたらいいか分かんねーよ。落ち着け!まずは状況の整理からだよな。
「おほん。セバスよ。まずは現状の説明から改めてしてほしい。」
「アレク様!?何を悠長な!」
セバスさん!?そのくらい教えてくれてもいいのではないですか!?僕ここに来て1分もたってないのですよ。
セバス?という配下的な人物に問い詰められあたふたしていると、大きな扉が勢いよく開かれ、兵士らしき人物が入ってきた。
「城門突破されました!敵の数は300を超えており、魔法師も20を確認しております!」
突破された!もうピンチなのね。というか魔法師!?魔法あるの?この世界。うわー、俺の次の発言待ちだよ。気まずい...
「アレクよ!」
「は、はい!?...」
どうしようか?分からないよ。この世界来たばかりの俺がこんな状況で何かできるわけないじゃん!
「...うーむ仕方あるまい。この城を手放そう。」
「王よ!良いのですか!?ここはランドルフ家が300年受け継いできた由緒正しき城。それを簡単に。」
「セバスよ。これは一つの過程過ぎない。アレクもよく聞け。儂の命とこの城はこの進軍にて失われるだろう。しかし、それによってランドルフ家が完全に滅びるわけではない。ましてやマアルト国がなくなるわけでもない。次の好機を狙うための必要な歴史の1つなのだ。」
300年の歴史が終わる!?この目の前の良い人そうな老人が死ぬ!?俺のせいなのか?そんな...
「アレクよ。これまで、お前の策によって何度もこの城は窮地から逃れてきた。しかし毎回のように、お前が私たちを救ってくれるわけではない。しかしお前のその才覚は本物だと私は信じている。ならば今は生きろ!とにかく生き永らえよ!この地で失われた尊い命と私にとって、お前の存在、お前の未来こそが希望なのだ。」
え~!いきなりクライマックスだよ。王様?死ぬの?お城失うの?俺いきなり敗北?マジで何なんだよ!
「王よ...。あなた様の覚悟、決して無駄にはしません!必ずやアレク王子をこの窮地から生き伸びさせ、ランドルフ家の再興を約束いたします!」
「ああ、頼んだぞ!アレク、セバスよ、さあ行け!」
「分かりました!王よ!必ずや生き延び、失われた命に報います!」
ああ。何を言っているんだ。俺は。流れで格好のいいことを言ってしまったが、そんな情を持てるほどの時間やら何やらが用意されていないんだよ!
しかし、偉大な決断をしたであろう王に、覚悟の決まった真剣な面持ちと目を自然と向けていた。
「アレク王子、正面はもうすでに突破できません。裏道から脱出になります。」
そういうとセバスは絨毯をめくり、そこに現れた隠し扉を開いた。

灯坂ゆいら
さあて、転生するか!
ということで、転生させてください。お願いします。なんでもしますから。
こんな平凡な人生では俺は何物にもなれない。もっと過酷な環境で生まれてきたら、それなりに頑張って何かをなす人間になれていたと思うんだ。
なんてことを頭の中で考えながら、○○は残業2時間の労働から帰宅していた。
-本当かな~?
ああ。本当ですとも。多少グダってしまうかもしれないけど、きっと最終的には成功してみせますよ。
-そういう人に限って、「こんなのは聞いてない!理不尽だ!」とか言い出すんだよね~
俺はそういう人間ではないね。まぁ出来れば楽に生きたいとも思うけど...
-すごい自信だね!どうしてそう思うんだい?
だって小中高と学生時代は運動もある程度でき、成績も上位だったし、いい大学にも入った。おまけに有名な企業にも就職して親も喜んでる。でもこの程度の人間ともいえる。周りを見ればもっとすごい人間が大勢いる。この間なんて、会社の先輩に誘われてパーティに参加したら、有名な俳優やモデル、実業家がたくさんいたよ。そいつらにとって俺らは虫けら同然で話もできなかったけどね。確かにあいつらはすごい。でもそれは、すごい人間にならないといけない環境があったからだ。こんな俺でもハードな環境に置かれたらもっとすごい人間になれて当然だろう?
-随分と長く話したね。人は熱が入ると一度に話す分量が多くなるらしいよ?
うるさいな。というか、さっきから俺の頭に話しかけるあんたは何?
-うん?神様だよ?
はぁ。神?
-そう、神。今ちょうどね、人探しをしてたの。
人探し?なんの?
-とある世界の王子になってくれる人。この王子の魂がね~。ちょっとね~
急に胡散臭い話になったな。それでその王子になってくれる人は見つかったの?
-見つかったよ
誰?
-またまた~。話の流れ的に自分だと思っているくせに~
うるさい!からかわないでくれ。そんな話を関係ない人にするわけはないのだから俺がその王子になるってことだろ!
-ピンポーン!大当たり。
ああ。そうか。俺は転生できるのか...それは何というかワクワクするな。
-乗り気だね~そいつは良かった。じゃあさっそく送ろうか。
おお!いつでもいいぜ。それで俺は何をしたらいい?
-うん?何もしなくて大丈夫だよ?
え?どうして?
何てことを頭で考えていたら、目の前に車のヘッドランプが突然現れ、俺はひかれていた。
何て雑な転生方法だ!俺をひいてしまった運転手に申し訳ない。
しかし、まぁこれで非日常あふれる異世界の冒険の日々か!
ワクワクが止まらないな―――
―――「起きてください!王子!先ほど閃いたという妙案を早くお教えください!もう時間がないんです!」
「え?」
大きな声に目が覚めるとそこは見知らぬ景色だった。せっかくの異世界一発目のシーンなのだから、もっと感動的に起こしてほしかった。しかしこの目の前に広がるだだっ広い空間や、金の装飾の施された絨毯や、背丈の3倍くらいありそうな扉を見る限り、ここは城の玉座なのだろう。なんてことを考えていると、こちらを睨む目に気づいた。

灯坂ゆいら

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