
Life robot2

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本書が説くのは適切な「間」の美学だが、その文体自体が余白に満ちている。
答えを押し付けず、読者に呼吸できる空間(考える時間)を与え、自身の人生を振り返る時間を残す。
彼の臨床も同じ哲学を貫く。
焦らず、待ち、沈黙に耐え、相手の内なる力を信じる。
真の友情も治療も、距離の中にこそ深さが宿る。成熟した関係とは、互いの自律性を尊重しながら深く繋がることだ。
この本を与えてくれた友人に多謝。
良い本でした。憧れる文体だね📕


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Life robot2
始末へと至る。
不二(ふに)の喜び。
なう手と結う手。
自力を超えた他力への信頼こそ、
柳宗悦 民藝のひとつ「真美不二」となる。
迎える新年の神の依代。
みなさん、良いお年を。


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いわば、「ティーチャー(教える人)」から「エデュケーター(引き出す人)」への変化と言えるかもしれません。

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ピザ
プランツ
ペヤング
ポップ

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良いガトーショコラです。


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「個」はメルロ=ポンティ的知覚。
味、香り、温かさが身体を通し私自身の意識と結びつく個人的な体験。
「場」はハイデガー的Mitsein(共に存在すること)を可能にする空間。
カフェは会話や思考を開く場所としての存在論的意味を持つ。
一杯で「個」と「場」の2つの味がする。


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複数の変数が絡み合う複雑さ、人生や感情の多面的・非線形的な流れ。

多変数

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作為なく自然に湧き上がる思考のひと筋の流れも
胸の奥底で飾らず正直にたゆたう感情のささやかな綾も
その働きをすべて受け止め
日々の健やかな手仕事として
この手の届く紙面に写しとる
この無心な営みが許されることの
なんと深い悦びであることか
ただ健やかに在ること
誠実に記すことができる道理に
心よりの感謝を


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過程を楽しめるなら、遠回り。

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「一瞬では見えなかったけれど、その場に確かに存在していた光の集合体」
コンピュテーショナル・フォトグラフィーが伝統的な写真術に対して突きつけた、最大のパラダイムシフトを体感した。
新しい写真の「時間性」:決定的な瞬間の終焉。
新しいiPhone 17が行っているのは、この「一瞬の決定論」からの脱却か?
ここに写っているのは、「その一瞬」の真実ではなく、「その場に漂い続けた光の総時間」が可視化された、拡張されたリアリティなのかもね。


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秋になると出動頻度が高くなる
タイメックス ゴールド


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中々にスリリングだね


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Cruisin'

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「落ち込んだりもしたけれど、私は元気です。」
と、心の中で頭に赤い大きなリボンを付けてやり過ごしますw

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「読み手よりも書き手になりたがる」
について、
大塚英志から始め、東浩紀、宇野常寛、濱野智史、さやわか、三宅香帆と進み、
ここから國分功一郎に戻り最後、東畑開人へといたったのだが、気づけば一万文字を超えなんとも言えない凡庸な結論に至り、萎え散らかすw
( ´Д`)y━・~~
アウトプットとは脆弱な自己のログの開示である。

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ってな感じで
「キモチ」の機能不全 ちゅーか
「不器用な自分だけの情動」 ちゅーか
「自分だけの不器用な愛」なんだろうねぇ
( ´Д`)y━・~~
イーガンの『しあわせの理由』(ハードSFだよ)みたいな話かw
それ自体がオタク的態度なそのものだわさw

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新米とサンマ
これが10数年来の秋の訪れを感じる一番の組み合わせ。
早く届かないかなぁ🐟
ラクガキは気にしないでくださいw


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我が家のクリスマスソングはコレ一択だったなぁ
コレ聴きながら踊ってた子供たちが可愛かったなぁーw
今シーズン最速でクリスマスソングを聞いた🎄

Jingle Bells

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カズオ・イシグロ『遠い山なみの光』(1982)
再読しても「信頼できない語り手」やアイデンティティについて考えさせられる。
もはや「実存」というものが自明ではない時代に、いかにして自己のアイデンティティを再構築するかという問いを投げかけている。その答えは、「実存の虚構性」を認めながら、その虚構を丹念に反復し続けること、つまり「シミュラークルのなかで生きる」という、あるいは「物語が失われたあと、わたしたちはどう生きるのか」という問いに対して「虚構を演じる」ことでかろうじて生き続けるというある種の諦念と同時に、ある種の美しさを見出そうとする試みだ。
それは、もはや「本物」が手に入らないと知った現代の私たちが、どう生きるべきかという問いに、静かに応えているかのようだ。


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BGMの力 Do you know?
問う
「お前らは知ってるのか?」。破滅の直前の崖っぷちを、あのクールなビートとヤバいラップ。
仕事行きますw

Juice (Know the Ledge)

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Life robot2
サイコーだよw
ガイ・リッチーでは1番好き🎥#映画


Life robot2
September is here again!
It's our season!

セプテンバー

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「第9の芸術」と称されるバンド・デシネの評論を読むかのごとく、多角的な視点からその世界が紐解かれていて、あらゐけいいちさんの作品が持つ深さを改めて知ることができた。
特に面白かったのが、「セカイ系」から「日常系」へと続く、日本のサブカルチャーの系譜の中で彼の作品を位置付けている論考である。
かつて『新世紀エヴァンゲリオン』に代表されるセカイ系が、主人公と世界の運命が直結する終末論的な物語を紡いだのに対し、あらゐけいいちさんの作品は、世界の危機とは無縁な、何気ない日常の尊さを描いています。
この二つのジャンルは一見対極にあるように見えますが、特集では、セカイ系が描く「日常の喪失」という恐怖が、かえって「日常」というテーマを現代の私たちにとって特別なものにした、という鋭い指摘がなされていました。エヴァンゲリオンをはじめとする過去の作品からの引用が頻繁に出てくることからも、この二つのジャンルが密接に繋がり、互いに影響を与え合ってきたことがうかがえる。
また、「不条理」を笑いに昇華させる手法や、緻密な描線と間(ま)の取り方で生まれる独特のユーモアについての分析も興味深く、ページをめくるたびにと膝を打つことばかりであった。
彼の作品は、ただ面白いだけでなく、私たちが生きるこの世界の不確かさや、それでも変わらずに続いていく日常の美しさを教えてくれる、そんな風に感じさせてくれます。
この特集は、あらゐけいいちさんのファンはもちろん、現代のサブカルチャーの変遷に興味がある人にとっても、非常に価値のある一冊だと言えるでしょう。彼の作品をすでに知っている人も、これから触れる人も、新たな発見があるはずだ。


Life robot2
今朝は寒かった🥱
お気に入りの古着のネルシャツを羽織りながら
ボーッと外見る。
慌ただしく家を出る家族を横目に
静かに身を置く

Light on the land

Life robot2
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ただし、写真を撮るのに夢中になって一緒にいる人を疎かにしなければねw

Life robot2
RIP SLYME 『Blue Be-Bop』 (2002)
まぁ僕はコッチがさ、好きでさ
ジャジーでメロウで心地よいビートなんだわさw
みんなはどの曲が好き??
#音楽をソッと置いておく人

BLUE BE-BOP

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飯沢耕太郎 大山顕
『写真は死んだのか? いまこそ写真の純粋な驚きを語ろう』
大山さんと飯沢さんの対談。
彼らは「写真は死んだ」と語りながらも、その奥底にある「純粋な驚き」を探そうとしている。これは、「ない」と言いながら「ある」を探す作業なんだ。
デジタル技術が普及して、写真は「記録」や「承認欲求の道具」に成り下がった。
みんなが「映える写真」を撮る。それはある意味、他者に見せるための「完璧な物語」を演じているようにも見え(自分の写真もそうであるが)、
でも、そうやって「完璧」を追い求めるほどに、どこかに不完全で、意図しないものがこぼれ落ちていく。彼らが探している「純粋な驚き」とは、まさにそのこぼれ落ちた、「どうしようもないもの」のことじゃないかな。
ユベルマンという哲学者の『イメージそれでもなお』という本が、このことを考える上で示唆を与えてくれる。
彼はホロコーストの不鮮明な写真について論じたが、あれは、完璧な記録じゃない。でも、その不完全さやブレの中に、人間の抵抗の意志が確かに宿っている。彼は、その「どうしようもない」写真に、それでもなお見るべき価値があると言った。
僕たちの日常の写真も、きっとそうなんだろうよ。SNSに載せる完璧な写真の陰で、きっと無意識に撮ってしまった、ぼやけてブレた写真があるはず。
そこには、完璧を演じようとする「私」ではない、もっと素直で、どうしようもない「私」が写り込んでいるのかもしれない。
再読後、僕は自身のスマホのカメラロールをじっくり見た。
誰にも見せない、失敗した写真を探してみる。
あなたもやってみるといい。
そこに、あなたが本当に探している「純粋な驚き」、あなたの「どうしようもなさ」が写っているかもしれませんよ。


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『Both Sides Now』(1969)
曲の終盤、全てを「両面から」見てきたと語った後、詩的自己は
「それでもなお、私は人生を本当には知らない」
と告白する。
これは、人生の真理に到達したのではなく、むしろ真理というものが常に手の届かない場所にあることを認めるアイロニー(皮肉)であった。
映画『Coda』のバージョンでどーぞ。

Both Sides Now

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まぁいいとねw
#音楽をソッと置いておく人

Tears Dry On Their Own

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あの大画面と音響の迫力は家ではなかなか再現できません。でも、気軽に何度も見返せるという意味では、自宅での鑑賞もいいなと思います。

Life robot2


Life robot2
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決めたことばかりじゃなくて、
選ばなかったことを考える。
自分が選ばなかったことを
選んだ人のことを考えるよ。

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『ザリガニの鳴くところ』(2018)
この小説は、単なるミステリーや成長物語として消費するには惜しい。
その構造には、きわめて思弁的な問いが埋め込まれている。
物語は、湿地に生きる少女カイアという「孤独な知の探求者」を中心に展開する。彼女は、家族という共同体から切り離され、自然という「もう一つのシステム」の論理を独学で構築する。
この過程は、個人が世界をどのように知覚し、体系化していくかという、知のあり方そのものを映し出している。
一方で、ミステリーのプロットは、人間の倫理や法が、この自然の論理と衝突する地点を鋭く提示する。
小説の結末は、この二つの論理の間に生じる、深い溝をわれわれに突きつける。
この作品を読むならば、やはり夏を推奨したい。物語の舞台である湿地の熱気、生命の躍動、そして匂いたつような空気感を追体験するには、夏の暑さこそが最適だろう。
物語の力、知の限界、そして人間と自然との関係を深く考えさせる作品として、読書時間を設けるに値する一冊。
単なる物語として楽しむだけでなく、その背後にある構造を読み解くことで、より豊かな読書体験が得られるかもしれません。

