
楓花(ふうか)
漫画家の楓花です!色んなものが好き!皆さんの好きもいっぱい知りたいです!よろしくお願いします!
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楓花(ふうか)
多国間の輸入と輸出の際の価格設定の
問題に着目していなければ、
「いきなり向こうが仕掛けてきた」と
勘違いしやすい。
が、実態はどこも自国の製品を他国に輸出する際
利益を上乗せする為にあらゆる策を講じて
きていた、という背景がある。
本来ならば必要のなかった策や組織が
そうしてきたという実態がある。
関税はその他国間のやり取りを「イーブン」に
戻すための処置だ。
そして各国に存在する「癒着組織」の
小細工の撤廃を目的としている。
日本であれば米がそれの代表例だ。
それらの癒着を撤廃しなければ、
自国で生産したものを自国で安く売る事も
不可能であり、だからこそ備蓄米の放出を
政府が行ったとて、スムーズに流通せず、
価格がすぐに下がらない現象が起きている。
そしてこの事は「資源の枯渇危険度がマックスに
達している」という事実を突き付ける。
世界規模でのそれがあり、一部の権利者が
利益を手にする仕組みが依然として存在する。
せめて自国での正常な流通を可能にし、
価格を下げるには、関税に怒りを向けるよりも
先に自国に存在する癒着組織の見直しを
しなければならないのだ。
それを行って初めて世界は
「イーブンで分け与える形のやり取り」が
可能になる。
それだけ資源は枯渇状態であり、
かつ汚い小細工で満ち溢れていて、
それによって格差が更に増していっている、
という事実を受け入れて改善しなければ
その国に待っているのは音もなく忍び寄る
「終わり」が待っているだけだ。

楓花(ふうか)
「僕ももっと絵が上手くなりたい」
息子は絵をめちゃくちゃ描く。
まぁでも今の時代の子らしく、教材タブレットに
ついてるお絵描き機能で描いている。
だが描く枚数が尋常じゃない。
楽しいから描くのだ。
誰に見せるとかでもなく。
私と同じだ。描いてる間が一番楽しい。
「上手くなりたいのか?」
「うん」
「そりゃあ、お前がどこをどう上手く描きたいか
教えてくれればパパは教えてやれる事は
できるが…」
「じゃあ今から教えて」
「えぇ…寝る時間よ…」
技術向上っていうのは実際の所、
人に教えてもらうものではない。
見て、分析して、盗む。
上手くなるだけだったらYouTubeの解説動画で
事足りる。だがそれでは絵の世界は事足りない。
私も講師を務めた事もあるから
そこを遵守しながら教える方法は知ってる。
ただの技術向上ではない方法を。
でも我が子に対して同じく出来るか、
それが問題だ。
親は常に期待する。してしまう。
自分という存在を子が超える事を。
無意識の内でも、そう期待する。
そしていつか必ずそのようになる。
方向性は違ったりすれども、確実にどこかの
分野で超える。それが摂理だ。
そこで親は葛藤する。
教えている事はこの子に対して適合性があるか
そしてそれが分かるのはずいぶん先の話なのだ
それでも子が望むなら、応えるのが親だ。
ただ単に赤ペン先生みたいに
「ここをこうすれば上手く見えるよ」なんて
教え方は絶対にしない。タブーだ。
添削するなら理論説明が必ず必要だ。
そして、そうするなら先に理論を言えば良い。
添削を施す必要性はない。
ただ子供の内は、世界の見え方が違う。
「理屈」というのが大人のそれとは違う。
だから私が出来る事は限られる。
「常に、何故、それがこうなり、
そうならなくてはいけなかったのか
考えながら描いてみなさい」
そう言う事が関の山だ。
描く対象がただの「日用品」だったり「人体」
であるならば。
ならそうでないものは?
「怪物」だったり「ヒーロー」だったり
実在しない、またはまだ実現化していないものは
どうなる?
それこそが「デザイン」だ。
デザインは理論体系化も可能だが、
私は息子にそれを押し付けたくはない。
ぶっ飛んだ理由のデザインでもいい。
むしろぶっ飛んでもらわないと困る。
難しい。

楓花(ふうか)

回答数 3662>>
分からない状態で3チームに分かれて撤退した。
幸い私達のチームは生き延びたが、
他の2つとの連絡が取れない状態だった。
霧の深い夜だった。
その霧は私達の命を簡単に奪うものだった。
〜蚊の証言〜

楓花(ふうか)
すべきかどうかを考えなかった」
ジュラシックパークより。
科学っていうのはいつでもそうで、私達は
それで出た副産物で生き延びるしかない。
絶対に手をつけてはならないものに
一度でも触れてしまったら、全てが滅ぶまで
それから離れる事はできない。
それが人間だ。

楓花(ふうか)

回答数 277>>
どうなるか自分でも分からないんだ…

楓花(ふうか)
「私の頭の中のイレイサー」
デンデルワシントン主演
「私の頭の中のイレイサー2」
ジェイソンステイサム主演
「私の頭の中のイレイサー3」
アーノルドシュワルツネッガー
デンゼルワシントン
ジェソンステイサム
&
リーアムニーソン
オールスター出演
「私の頭の中のファイナルイレイサー4」

楓花(ふうか)

回答数 4988>>
くれてないとダメだろう…
一人で完結する趣味やら何やらならそれでいい

楓花(ふうか)
漫画進捗。
短編3話の中で大きく趣きが変わる話。
だから描くのに時間がかかる。


楓花(ふうか)
Expedition 33のギュスターブ


楓花(ふうか)
発生する理由として、まず
「家事の完成度」に対する理想が挙げられる。
家の状態がまるでテレビで放映される
幸せ家族かセレブの家のように
クリーンで整頓が完璧でスタイリッシュな
ものが「当たり前」と脳が認識していると
それを常に実現化する事は困難だ。
独り身の生活、もしくはそうでなくとも
誰も家に人が来ない時の自身の家の状態を
見てみれば、先に挙げた「お手本」とは
大きくかけ離れた実態を感じるのが
大半なはずだ。
そうであるにも関わらず、「共家事」の概念を
その「お手本」を常とするものとしていると
現実と理想とのギャップで苦しむ事になる。
認知の歪みが不満やストレスを生み出すのだ。
「お手本」は、「魅せる」為に作られたもの
それさえ分かっていれば、そのような歪みは
発生しない。
現実はそう綺麗なものではないし、簡単な
ものではない。
私は幼い頃から自身の部屋の整理整頓を
心掛けていた。「お手本」通りの部屋だった。
だがそれでもいざ二人の人間が
一つの「部屋」ではなく、「家」に住もうものなら、
私の技術でも限界は生じてくる。
だから私はその時点で「妥協」を覚えた。
多くの相手は「家事」がほとんど出来ない女性で
彼女達が独り身の頃は「汚部屋」とも言えるような状態だった事も
「妥協」の幅を広げる事に貢献した。
共家事に置いて重要視するべき事は
その「完成度」ではなく、互いが無理なく出来る
「分担作業」を見つけ出す事にある。
そしてその結果を「理想としてのお手本」と
照らし合わせるのではなく
「二人の導き出した最適解」として
腑に落とす事が、円満の秘訣だ。
この事が頭になく、ただ「お手本」「理想」の
ままに共家事を語る人間は、男女関わらず
「脳のアップデート」が出来てない状態であり
そりゃそんな古い者同士が結婚できる訳がないし
はずみで出来たとしても喧嘩ばかりになるのは
「道理」としか言いようがない。
「家事くらいできて当然だろ」
「あなたの家事は適当なのよ」
その言い争いはまるで同程度の力を持つ子供が
するチェーンデスマッチに近い。
その方法では絶対に結論は出ないし、
勝敗なんてものも存在しない。
互いに永遠に弱いパンチで殴り合い続けるだけの
犬も呆れて見ない試合だ。
そろそろそんな事はやめた方がいい。
いい大人なんだから。

楓花(ふうか)

回答数 4639>>
努力では90%乗り越えられない。
お互いがお互いの「時間」に合わせる必要性が
あり、そしてそれは仕事する必要のなくなった
じいちゃんばあちゃんにならないと無理だからだ

楓花(ふうか)
幼い頃 我儘のままに
助手席に座り はしゃいでいた
親のテープが 世界の全て
意味も分からず 聴いていた
前を走る 車の後ろで
同じ年の子が 見つめてた
ただ静かに 悲しげに
羨ましそうに 見つめてきた
同じ道を走る 流れの中に
違う世界が あちらこちらに
向かう先は同じ 変わりはしない
でも靴が違う 紐が違う たったそれだけで
何もかもが変わる
憂鬱なほどに
大人になり 無茶の果てに
理不尽に慣れて 調子付いていた
デスクの位置が 世界の全て
理由も分からず 座ってた
同じ電車 違う席で
今に死にそうに 座ってる人
ただ虚ろに 寂しげに
違う世界を 見つめてた
同じ道を辿る 流れの中に
違う世界が あちらこちらに
向かう先は同じ 変わりはしない
でも靴が違う 紐が違う たったそれだけで
何もかもが変わる
虚しいほどに
同じ間取りの部屋 光の中に
違う世界が あちらこちらに
向かう先は同じ 変わりはしない
でも靴が違う 紐が違う たったそれだけで
何もかもが変わる
耐え難いほどに

楓花(ふうか)

回答数 5975>>
比べた所でどうなる?
結局どんぐりの背比べでしかないのだよ。
どれだけ突出していようが、総合的に
巨視的に見れば、そういうものだ。
比べる暇があるなら自分のやるべき事を
やりなさい。

楓花(ふうか)
息子は母と妹に連れられ、大人も羨む
楽しい場所へ朝早くから出かけた。
私と妻はやる事を済ませてから
散歩と称してデートに出かけた。
歩く中でルートも目的地も変わった。
結局着いた先はとあるショッピングモール。
以前にも何回か行っていたが、私の記憶から
ほとんど消え去っていた場所だ。
まずはリサイクルショップでお宝探し
まぁ闇の深そうなものばかり。
でもそれもまた一興。
軽く食事を済ませる。出かける前から
感じていた鼻のムズムズが最高潮に達していて
花粉症の様相を呈していたが、コーヒー飲んで
落ち着いた。
タバコを吸いに3階へ。その流れで3階を
うろつき回る。時間はあっという間に過ぎるが
濃密な楽しい時間は長く感じるものだ。
2階にいく頃にはもう夜。
家電屋で新しいルービックキューブを見つけた
私が最初に買ったルービックキューブは
もう限界が来ていて、新しいのに触って感動。
買いたいなぁ〜、まぁAmazonにもっと安くで
同じ機能のやつはあるんだけどさぁ〜的な
子供の駄々を見せてると、妻は買ってこいよ、と
GOサインをくれた。
帰る頃にはバスはなかった。
代わりに電車を使って帰った。
帰ってこれたぜ…と健闘を讃える。
私と妻は出会って10年程になる。
恋は遥か昔に愛に変わって、二人のやり取りは
相棒達の友情のようなものになっている。
幸せはそういうささやかなもので良い。
目標もささやかなもので良い。
たんぽぽに心躍らせ、小石を宝物にし、
青空をありがたがる。
それで十分が過ぎるんだ。

楓花(ふうか)
サカナクション山口一郎さん模写
むずい。


楓花(ふうか)

回答数 6794>>
作っておいた方がいい。

楓花(ふうか)
「自由」と一言でいっても、人によってその概念は
大きく異なるだろう。
自分の意思を貫けるのが自由か
それとも自分に残されたほぼ一択、ほぼ一瞬の
自動的選択を自由というのか。
多くの人が前者だろう。
だが私は後者だ。
私は私の外側の世界を信じる。
私の意思はそこから来ているものだと信じる。
そしてそれがどれだけ恵まれている事かを知る。
私にとってはそれで十分だ。
そして私はその外側の世界を広げていった。
自分が生み出された家族社会、学校社会、
経済社会、政治社会、そこからまた外側の
自然社会、そして宇宙、またその外側へと。
そのステージを越えるごとに
私に与えられたほんの一瞬、ほぼ一択の自由の
大切さ、重要性のレベルが上がっていく。
自由なんてちっぽけでいい。些細なものでいい
人間的に壮大で大袈裟なものでなくていい。
どこかのタイミングで、私の中で
価値転換が成された。
卵の内側が外側にひっくり返るような感じだ。
私の自由は人智を超えるものから与えられる
そして私はそれに非常に満足しているのだ。

楓花(ふうか)
あの懐かしの場所へ。
でもやっぱりコンソール版は何か違う。
恐らく最初のコンソール化の際に
あらゆるクライエンジンの技術がオミットされ
「それなりに見える」ように作り替えられた。
そしてそれがリマスターされたとて、
戻らない技術がある。
試しにPC2007年版オリジナルをインストールし
最高設定でやってみた。
やっぱり全然違う。
空気感、草木の密度、人の肌などの精細さ
何もかもが違う。
「そこにある」感がオリジナル版にはある。
リマスター版も別にいいのだが、やはり
違うのだ。簡略化されている。
そして驚く事にオリジナル版の容量は
6GB程度であるのに、リマスター版は45GB
容量が七倍以上増えているのに劣化しているとは
何事なんだろう。
一体何をオミットして、何を余計に付け足せば
そんな事になってしまうのだろう。
2007年。もう18年前だ。
18年前にあれだけのものを出したクライテックは
バケモノ集団としか言いようがない。
今やクライエンジンはコンソールにも最適化され
他のゲームでも使われているが
やはり本領は発揮出来ていない気がする。

楓花(ふうか)

回答数 5082>>
相手がそれで落ち込んでるのを見て
「やっちまった」と思いつつも
それが私の平常時の力なので
どうしようもないよね。

楓花(ふうか)
脳のエネルギーが尽きて、力が抜けるんだ
別に太っちゃいないし、糖尿病でもない。
それだけ頭を使う仕事なんだ
絵描きっていうのは。
漫画っていうのは物語を語る上では
効率的ではない媒体だ。
そこにどう説得力を落とし込むか
考えて考えて凄まじい労力と時間を費やした
コマやページは秒単位で消費される。
でもアニメはもっと凄い。
早く彼らに十分な栄養と金を提供してあげて欲しい。
クールジャパンを構成するパーツの半分以上が
中韓になってる。そしてそれは向こうの養分になる。
ペプシにミャクミャク載せてんじゃねぇ

楓花(ふうか)
立て続けに起きた。
その度に追っかけて「落としましたよ〜」
ってやった。
そして今日、バスを降りる際に
イチゴヤドクガエルのぬいぐるみを落とした
お姉さんが「落としましたよ〜」と
届けてくれた。
こういう風に巡るんだな。
このイチゴヤドクガエルは息子が保育園の
頃から色んな人に愛されてきたからな。
ありがとう

楓花(ふうか)
万博はガン無視
戦争やら関税やらも知らん
どうにかなる。どうにでもなる。
生きていれば。
だから万博には行かねえよ?
事故に遭いたくないからな…
学校の先生もそう言ってた!

楓花(ふうか)
朝、起きたら妻が私の上で布団みたいに
寝ていた。
夕方過ぎ、妻が帰ってきて
「朝乗っかって寝てた?」
と聞いたら
「ううん」
と言ってきたので、いよいよ私の脳が
バグり始めたと疑い始めた。
その様子を見て妻が
「嘘です。乗っかってました。そして
20分ほど寝てました」
と言ってきた。
妻可愛い。
あとまたオンラインクレーンゲームで
なんか取ってた。
もう何度目か数え切れない。
しかも一銭も使わず、溜めたポイントだけで
ゲットし続けている。
ツキはそれだけに留まらない。
コンサートのチケットやらイベントやら
グッズやら、とにかく引き当てる。
もしかしたらバグってるのは
私の脳ではなく、神の配分の方なのではないか。
でもたまごっちは死なせかけまくるので
その都度私が何とかしている。
そこらへんでバランスを取ってるつもりなのか
神よ。

楓花(ふうか)
漫画の銃のデザインを再検討


楓花(ふうか)

回答数 7955>>
それが辛いってんなら結婚も子育ても
諦めておいた方がいい。

楓花(ふうか)

回答数 7047>>

楓花(ふうか)
どんな歴史的背景があろうと
人は超個人的に自我の為に発言し、行動し
それによって誰が傷付くか、なんて
考えもしていない動物の一種という事は
偉人だろうがホームレスだろうが
IQの高い低いも関係なく
共通するものなのだ。
誇り高い人間ほど、人を傷付ける行為を
批判し、それがどれだけ愚かな事か
必死に述べ伝えたりするが
それ自体が人を傷付ける行為に値する事に
無自覚でいる。
罪人相手なら何でもしていいと思ってる罪人だ
それで自分は正しいと思っているのだから
救えない。罪を受け入れた犯罪者よりも
タチが悪い存在だ。
結局、やるかやられるか
そのやり方に違いがあるだけで本質は変わらない
ネットはそのやり方のバリエーションを
増やし、精神攻撃の威力を高めるのに貢献した。
己を守る為に、維持する為には
常に犠牲が不可欠となる。
他の生き物の場合、それが大抵は
三大欲求を満たす為のものだったのが
人間の場合、複雑なものが追加され、
そして大抵それらは余計なものなのだ。
無視しておけば気にもならなかったものに
無視できなかった、その弱さを棚に上げて
壮大な熱弁を舌をレロレロさせてやるわけだ。
でもそれが人間だ。
ムカデにあんなに足は必要なのか、と
疑問を持ってもムカデ自体は仕方がないように
人間にこんなに余計なものは必要なのか、と
疑問を持っても人間自体も仕方ないのだ。

楓花(ふうか)
「Claire Obscure: Expedition 33」
フランス発のターン制RPG
UE5で描かれるグラフィックは圧巻で
プロローグから描かれる絶望と、美しさの
対比が素晴らしい。
音楽も邦ゲーならニーアシリーズを思い起こさせるようなもので、これまた美しく儚い。
戦闘システムもよく出来ていて
スタイリッシュかつ戦略性が高い。
もはやJRPGでは表現出来ない絶望感と
圧倒的な美しさは、高評価を取って
然るべき出来となっている。


楓花(ふうか)
「自分の信念や意見が間違っている可能性」を
自覚しながら、その状態を受け入れる
これが出来ている人は感情ストレスからの
回復が早く、そして他者の感情への理解度も
高い傾向にあるらしい。
まぁある程度生きてきた、考えてきた人間なら
そりゃそうだろう、というものだ。
だがこれがなかなか難しい。
「謙遜し切った」と自負した時点で謙遜出来てないのがほとんどだからだ。
自分の全てを疑う必要がある。
だがそれでも自分のやるべき使命があると
認識し続ける必要がある。
殆どの人はその使命が己の中にあると信じる事で
矛盾が生じて、それにより苦しみ、争いが起こる。
使命は己の中にはない。
外側にある。
考えてみるといい。
自分に命令する者が自分であるわけがない。
大人になっての「努力」なんてものは
赤ん坊の頃に刷り込まれた「指令」の延長線上でしかない。
もしかしたらそれ以前、遺伝子やら本能やら
その辺りから来る指令かもしれない。
言われた事をやってるだけ、しかも言われた事
そのものを忘れている。
本当の動機の所以を聞かれたら誰も答えられない。
何が分からないのかも分からない。
それが人間の限界だ。
それを知るまでに人は多くのバカをやらないと
いけない。
そうしないと学ばない。
そして学ばずに犠牲だけ多く生み出して
この世を去る人間の方が圧倒的に多い。
でもそれすらも彼らに与えられた使命だ。

楓花(ふうか)
対消滅からなる万物たるは
ノクトゥーンとラクトゥーン
踊りの中で血迷う飛沫に
弧をいなせ
雷管故か、撃鉄故か
はたまた引く指、脳の司令か
アルファとオメガは線上にあらず
して母と父は誰そ彼そ
我関せずの双六で
勝も敗も優も劣もなく
誰が為のものかと論ずるが
そのアーギュメントたるや
戯れにケチをつけるは愚行の極み
蛇の瘤、世の是非、足う電線
系譜と見なすな、絆はない
点と点、数と数
無作為に線を紡ぐな、無粋極まる
揺蕩え、それしか術はない
軌跡奇跡に道はなし
夢足らずして故に惑うなら
彼の場所か、此の場所か識る由も無し
狂え踊れ寝てはならぬ
誰も足を止めてはいないのだから
対消滅からなる万物たるは
ノクトゥーンとラクトゥーン
踊りの中で血迷う飛沫に
弧をいなせ

楓花(ふうか)
あくまでオモチャとしての銃を作ってみたいと
思うのだが、近年そんな個人制作のオモチャでも
科捜研がそれで撃てる独自の弾を開発して
はい、撃てました、アウトです
なんて事があるから、やってみる事に
やはり抵抗を感じるのである。

楓花(ふうか)
ほんわかふわふわキラキラ飛び散る
狂気。


楓花(ふうか)
「子供達の視線」





楓花(ふうか)
軽トラが個人情報垂れ流しながら
信号待ちしてた。

楓花(ふうか)
最低限の力を与えられた弱者が
それ以上の力をふるう為に使う
言い訳みたいなものだ、それは。
「私がこうなってもいいでしょうよ!
文句あるの!?」
大体こんな感じだ。
それにいちいち付き合って、リソースを割いて
だから他の人間にも皺寄せが来てる。
まぁそもそも社会自体が飽和状態で危険レベルが
上がっている中でのプロセスの一つに
過ぎないので、どうする事も出来ないんだが
あくまで個人ベースとしては、形だけ
合わせといて心の中では鼻で笑ってるのが
丁度良い接し方だ。
やりたい事があるならやればいい。
「やってもいいですか?というかやらせろよ」
と許しをこう前にやればいい。
その勇気がない奴の為の「多様性」
付き合う義理なんて最初からない。

楓花(ふうか)
カッとなったという理由で自分から
キレ散らかすかどうか、考えてみてほしい。
「争いは同じレベル同士でしか発生しない」
勝てるか負けるか分からないほど
同列の相手だけに「怒り」ってのは湧く。
相手が遥かに格上か、格下なら
「怒り」は湧かない。
その時点で相手を選んだ上で利用する為の
感情だと言うことが分かる。
ただ一つ問題があるとするなら
人はよく相手の強さを見誤る点だ。
同列だと思ってた相手が、実は
そうではなかった場合、その怒りは
恥というブーメランになって返ってくる


楓花(ふうか)
戦争中に敵兵を人間扱いします?

楓花(ふうか)

回答数 7629>>
彼氏が存在するが、私は一向に構わん


楓花(ふうか)
存在していて、かつては政府、宗教、
そしてテレビなどのメディアが担っていたものは
今や全人類がスマホを通して出来るようになった
その形は文明と科学力に応じて変容、
拡大していった。
だが人間の感じられる幸せの量には限界がある
そしてそれは猿だった頃から変わっていない。
食って出して寝て仲間と過ごす。
幸せは本当に些細なものだった。
それが今や想像と妄想によって
幸せは肥大化した化け物と化し、
人はそれを追っていかなくてはならなくなった。
「私はこれだけ幸せ」
「私もこれだけ幸せになりたい」
過食を引き起こして機能不全に陥っても尚、
人はそれを摂取しなくては生きていけない。
一種の中毒状態だ。
それは人の本当の有り体すら見えなくする。
本来の器を超えた存在であるかのように
振る舞い始めた人間は、脅威そのものだ。
そしてそれが世界全体に広がった時、
大規模な人災が発生する。
それはこれまでの歴史が証明してきている。
その規模が大きくなるにつれて、
被害がそれから身を離していた人間に対しても
及んでいく事についても、やはり歴史が
証明しているのだ。
以上、SNS中毒の怖さでした。

楓花(ふうか)
「Lushfoil photography sim」というのが
出てたのでやってみた。
内容はUE5で再現された各地を撮影する
それだけである。
でもそのリアルさや、カメラの調節の感じは
最高に楽しくて、こういうのでしか
得られない養分というのは確かにある





楓花(ふうか)
賢しい人の目的は、手段の一つでしかない。

楓花(ふうか)

回答数 43>>
超能力って犯罪にならないんだぜ!?」