共感で繋がるSNS

人気

関連検索ワード

新着

のしがもす

のしがもす

⚪︎あきーえとかあびい落書き漫画「伊勢1335」パート10
解説の前に…前回、親房の袈裟にトーン貼るの忘れてましたので、今回から修正しています。
【解説】
話についていけないカービィちゃんww
聞いてはいけない気がしたのか、はたまたつまらなくなったのか、ちょっとずつその場から抜け出しますww
外宮の外まであと少し、そこで鳥居の向こうに待ち受けていたのは?!

⚪︎親房と家行のやりとりについて
外宮側の主張は結構無理があるんですよね…でも、家行としては、親房ほどの高度な学問的知識を身につけた独自の政治思想の持ち主、尚且つ、天皇の御信任の厚い人物…味方につけたかったに違いありません。家行は、参拝者の増えてきた外宮の価値をさらに高め、伊勢神道を広めたい。親房は、神道の良いところをまず民に広め、あとは民たちの自由に信仰したらいいという考え方なのでしょう。
「だからこそ、まず…」
あなたの著書を書き写させていただき、さらに学ばせて欲しいということですかね…

神宮では伝統的な仏教忌避、神仏隔離があった。この排仏思想、僧侶は原則社殿に近づけない、内宮では念珠や本尊・経文を持つ男女は二の鳥居より内に入れなかったそう。外宮がどうだったかはよくわかりませんが、一ページ前の親房が言っている'昨今の排仏的な許容'というのは、外宮でも何かしらの排仏が進められたのではないかと。親房は、まあ'神宮内'でのことに関しては許容はできるが、排仏自体には反対であったと思われます。この中世は源頼朝の影響でとくに武家は八幡神の信仰が強かった。清和源氏の氏神が八幡神だからですね。八幡大菩薩(神に菩薩号がつけられ神仏習合している)に家門の繁栄を願ったりしている。さらには、神仏習合しすぎて神宮が仏教の中心地的に…?!絶対に元に戻さないと、と神宮側は焦っていたはずです。それも理解できる。妙見菩薩もかなり民間に自然と浸透していた信仰だったようで、家行は、その仏の本体が天之御中主神という神(神本仏迹説)で、その同体が豊受大神だから、みんな安心して外宮においで〜という理論で信仰を集めたかったように思えます。内宮への対抗心もあるにはあるみたいですが、結構地道な活動で勝ちたかったように見受けられます、外宮の祠官たち。勝つというのは言い方が悪いですね、神道を広く外宮から布教したかった。その活動の成果か、立地が良かったからなのか、外宮の参拝者は多く、経済的にも豊かだったそうですよ。後に、この経済面で南朝を支えることに。

でも、親房は皇字付与の理論はさすがに無理があると…おっと、このタイミングで親房の思想に入るのが良さそうですね!


⚪︎親房の思想①
まず親房の前半生の思想から見ていきましょう。ズバリ、儒教と仏教です。儒教の影響は、親房の発言や和歌などにも見られ、儒教の教養が豊かであったことがうかがえるそう。仏教はというと、親房は三十八歳で出家し宗玄(のちに覚空)と改名していることと、真言宗を研究した著作があること、ですかね。
 ではその後の人生、今まで紹介した【詳しい解説の前の用語やらの説明】から、親房は伊勢神道の一体どのような思想を取り入れていったのでしょう?
(つづく)

⭐️ カービィを探せ!は、1箇所(コマ含め7箇所)。

#カービィ #逃げ若
#のしがもすのらくがき #あきーえとかあびい ←前作などはこちらのタグからどうぞ!
『逃げ若』大好きの星『逃げ若』大好きの星
GRAVITY2
GRAVITY8
バラバラ

バラバラ

图书馆的低血糖时刻

深圳的夏末总裹着黏腻的潮热,我蹲在福田CBD某栋写字楼的玻璃门廊下时,连呼吸都带着铁锈味。帆布包里的技术文档被汗水洇得发皱,向量数据库的代码逻辑在脑子里绕成死结,更磨人的是,胃里已经空了三天。

从乡下揣着两千块来深圳学AI,房租先啃掉一半,剩下的钱全砸进了图书馆的技术书籍和打印费里。我咬着牙跟家里说“在这边过得很好”,跟视频里的爸妈比划着图书馆的落地窗,却没说自己连楼下15块的快餐都要算着天数吃。

口袋里的硬币只有三枚,够买一瓶矿泉水,却填不饱咕噜作响的胃。我靠在冰凉的玻璃上,眼前开始发黑,先是字里行间的代码变成乱码,接着喉咙里涌上一股腥甜,一口白沫猝不及防地喷在擦得锃亮的地砖上。

不是第一次了。前两天在图书馆自学RAG工具时,就差点栽在书架间,是管理员递了颗糖才缓过来。可这次不一样,白沫越吐越多,顺着下巴滴在洗得发白的牛仔裤上,像漏了的水龙头。我撑着墙想站起来,腿却软得像泡发的面条,只能一点点往姐姐公司的方向挪。

姐姐的公司在这栋写字楼的28层,做金融风控的,每天踩着高跟鞋穿梭在西装革履的人群里。我站在她公司前台时,地板都在晃,口水混着白沫顺着嘴角往下流,在光洁的大理石地面上积了一小滩水迹。前台小姐姐递来纸巾的手都在抖,我却只能含糊地说:“找林晚,我是她妹。”

姐姐下来时,手里还攥着没写完的报表。她看见我的瞬间,手里的笔“啪”地掉在地上,精致的妆容下脸色煞白。她没问我怎么了,只是蹲下来把我揽进怀里,我的额头抵着她熨烫平整的衬衫,能闻到她身上淡淡的香水味,混着我身上的汗味和胃酸味,怪异又心酸。

“你傻不傻?”她的声音抖得厉害,手指掐着我的胳膊,却又怕弄疼我似的松开,“没钱了不会说?非要把自己折腾成这样?”

我张了张嘴,想解释我只是不想让她担心,不想让她觉得从乡下出来的妹妹是个累赘,可话到嘴边,只吐出更多白沫。姐姐二话不说抱起我往电梯走,她平时拧个矿泉水瓶都喊累,那天却把我架得稳稳的,高跟鞋踩在地上发出急促的声响,像敲在我心上的鼓点。

救护车上,护士给我扎针的时候,我看着姐姐攥着我的手,指节都泛白了。她盯着我输营养液的管子,突然说:“以后没钱了,哪怕跟我借,也别再这样。CBD的灯再亮,也不如你好好的重要。”

我看着窗外飞速倒退的霓虹,福田的夜景美得晃眼,可我突然明白,这城市里最亮的光,从来都不是写字楼的霓虹,而是姐姐蹲在我面前,眼里含着泪的模样。那滩落在地上的水渍,像一面镜子,照出了我藏在技术梦想里的窘迫,也照出了血脉里扯不断的温柔。
GRAVITY
GRAVITY10
おお🍊

おお🍊

看过一段话"无论你多么珍视一段关系,都不必执着于它能延续多久,或是否拥有所谓的圆满结局。"
因为在这趟生命的旅程里,所有与我们交汇的灵魂,挚友,知己,爱人,乃至擦肩而过的温暖,都是命运慷慨赠予的厚礼,曾经拥有,已是无上幸运。你要明白,有些人的降临,仿佛就是为了在某个特定的时空里,为你点亮一盏灯,陪你走过一段独一无二的路途。即使后来轨迹不再重叠,渐行渐远,也请记得:并非所有告别都需要盛大的仪式,倾尽全力地珍惜过,付出过,便是对这段缘分最好的交代。
相逢或许是前缘未了,需要彼此照见与偿还,分离,不过是心债已清,各自圆满。我坦然接受每一次心动的邀约,也勇敢承担它可能带来的落幕,我选择的人生,要如赤子般真诚,如火焰般炽热。
世事并非总有答案,人生难求事事如愿。那些共同书写的动人篇章,曾如此璀璨夺目,照亮了彼此的天空。即便故事没有续集,也无需遗憾叹息。因为那些刻骨铭心的身影,那些熠熠生辉的瞬间,早已融入你的骨血。它们会在你行至幽暗低谷时,悄然升起,化作心底不灭的星光,指引你继续前行。

很喜欢这样的心境:"飞鸟与游鱼各有天地",不必困惑于为何不能成为某人心中的"唯一"的朋友,或何得不到某些人的偏爱,冥冥之中自有安排,属于你的同路人,时光自会为你引至身旁。

别为那些本就不属于你的人生章节而踟蹰,永远珍视"真心换真心"的信条,永远选择做一个真诚的人,即使真心曾被辜负,也无需动摇,那恰恰证明了对对方的浅薄,无法匹配你灵魂的质地,时间是最公正的筛子,滤去浮尘,留下的,皆是珍宝。
人生如书,风吹哪页读哪页,晦涩难懂处,不妨轻轻翻过,你无需让所有目光都聚焦于你,更不必强求所有人的喜爱。真正的智慧,是让那些被你吸引,真心喜欢你的人,由衷庆幸自己的眼光。诚如智者所言:"需要极深的缘分,才能在相同的路上反复行,在同一处风景前驻足流连,与同一人不断重逢。"而对的人纵使百转千回,终会重逢,错的人看似同行一段,终将离散。这一生不必刻意追寻谁,也无需勉强挽留谁,若一扇心门久叩不应,适时止步,是予人的体面,亦是予己的尊严,每一个没有血缘牵绊却依然对你好,为你付出的人,都是命运馈赠的奇迹。

所以,请赐我一颗平静的心。
GRAVITY
GRAVITY44
のしがもす

のしがもす

⚪︎あきーえとかあびい落書き漫画「伊勢1335」パート5
【解説】
顕信の「もち」発言に納得がいかなかったのは顕家だけではありませんでした。すかさずツッコミを入れる親房パパwしかし、そのパパの「もも」発言に納得がいかない顕信wwパシッ!顕信の掌にうつされるカービィちゃんww
二人でカービィを囲みながら、相応しい呼び名を検討しますwカービィは桃でも餅でも嬉しそうですww
それを黙って聞いている顕家の心境は??

そして桃の大きさですが、この時代は桃はだいたい李ぐらいの大きさだったそうです。李はもっと小さかったらしい。

⚪︎詳しい解説の前の用語やらの説明①
・伊勢神宮
二つのお宮があります。内宮(ないくう)と外宮(げくう)。
皇大神宮(こうたいじんぐう)(内宮)は、天照大御神を祀り、ご神体は三種の神器の一つである八咫鏡。
豊受大神宮(とようけだいじんぐう)(外宮)は、天照大御神のお食事を司る豊受大御神を祀っています。
今回、中世にスポットをあてていますが、中世の神宮の奉仕者のうち、禰宜(ねぎ)以下は内宮祠官荒木田氏(あらきだ)、外宮祠官度会氏(わたらい)が代々その役割を占めてきたようです。

・両部神道(りょうぶしんとう)
仏教の真言宗(密教)の立場からなされた神道解釈に基づく神仏習合思想。中世の習合神道説の主流だそう。そして、のちの神道説の展開に大きな影響を与え、鎌倉時代末期から南北朝時代ごろには、僧侶による神道説に対する反動から、逆に、神こそが本地であり仏は仮の姿であるとする神本仏迹説(しんぽんぶつじゃくせつ)を唱える伊勢神道や吉田神道が現れます。吉田神道も同時代ですが、この漫画や親房との直接的な関係は見出せなかったので説明云々カットします。ただ、創始者の吉田 兼倶(よしだ かねとも)と兼好法師(吉田兼好)とは、家系的に繋がりがあるとも、それは捏造だとも…言われているようです。気になるww

神本仏迹説
: 神が仏の本地(本体)であり、仏は神の垂迹であるという説。
  ⇅
本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)(仏本神迹説)
:仏は神の本地(本体)であり、神は仏の垂迹であるという説。

※本地垂迹は、元々は仏教用語で「法華経」における釈迦を、歴史を超越した永遠の釈迦(本地)と、歴史的に実在して成仏した釈迦(垂迹)とに分けてとらえたことに由来するそう。

・伊勢神道
伊勢神宮で生まれた神道の思想。外宮の神職(度会氏)の間で唱えられるようになり、このため、度会神道・外宮神道ともいうそうです。そんな伊勢神道の中心思想は「清浄」と「正直」だそうで、これを学んだ北畠親房の著作にもその思想の影響が見られます。また該当箇所で詳しくやります。

⭐️カービィを探せ!は、なし。

すみません。やっぱり解説に手こずっていまして、年末年始もあまり進まないかもです。

#カービィ #逃げ若
#のしがもすのらくがき #あきーえとかあびい ←前作などはこちらのタグからどうぞ!
『逃げ若』大好きの星『逃げ若』大好きの星
GRAVITY
GRAVITY7
みみちゃん🦉

みみちゃん🦉


救国提言書:日本文明、根元への回心
――記号の虚妄を排し、国体の実体を取り戻すための宣言

一、何用あって月世界へ:記号という虚妄
かつて山本夏彦は、人類が月に降り立った狂騒の中、**「何用あって月世界へ」の一言で文明のうわついた心を射抜いた。あれから半世紀、私たちは今、SNSという「実体なき月の世界」を彷徨い、足元の土を忘れている。掌の中の画面から流れる「記号化された正義」に振り回される姿は、魂を抜かれた亡霊に等しい。我々に必要なのは、空疎な理念や道徳に惑わされず、事象の核心を掴む「剥き出しのリアリズム」**である。勝敗と利害、そして生死という実体のみを見据える冷徹な眼差しこそが、混迷を切り拓く唯一の刃となる。

二、交通の主権と垂直の深化
徳川の世、わが国は決して閉ざされてはいなかった。宮崎市定が『世界史序説』で説いた「交通」の視点に立てば、日本は窓口を通じ、世界と繋がっていた。だが、そこには明確な「主権」があった。西洋の植民地主義という毒素を「知的な検疫」によって濾過し、自国の体質に合うものだけを選別する。交通の刺激を外への膨張ではなく、内面へと振り向け、精神を掘り下げる**「垂直の深化」**へと舵を切ったのである。

三、独立した極としての日本文明:万世一系という「正統」の軸
日本は中国の末端ではない。岡田英弘が『日本人の誕生』で説いた通り、日本は「万世一系」という垂直の軸を中心にアイデンティティを築き上げた、独立した一つの「極」である。断絶を繰り返す中国に対し、わが国はこの「正統の連続性」を盾に、外来の知恵(本地)を日本固有の姿(垂迹)へと飼いならしてきた。この「道具を使いながら魂の芯(国体)を渡さない」二重構造こそが、日本文明の免疫力である。

四、総本家と大神主:祈りと血筋の実体
わが国の核となる「国体」とは、天皇を「総本家」と仰ぎ、国民すべてを家族(大御宝)と見なす血の紐帯である。最高の大神主として、今この瞬間も国民のために祈り続けておられる天皇の「無私の祈り」こそが、空海が説いた「山川草木悉皆成仏」の霊性と共鳴し、この国土の実存を支えている。この祈りに連なる血筋を自覚する者は、誰に見られていなくとも己を律する「お天道様への畏れ」と「恥」の感覚を、肉体の実存として取り戻すのである。

五、国語こそ祖国:言霊による結界
日本人が日本人であるための、目に見えぬ最大の防壁は「日本語」である。シモーヌ・ヴェイユが「根をもつこと」の重要性を説いたように、我々の祖国とは領土である以上に、父祖から受け継いだ「国語」そのものに他ならない。岡田英弘が説いた通り、歴史とは言葉の編纂である。主語を消し、場と響きを重んじる日本語は、西洋の二元論的記号(デジタルの冷徹)を無効化し、言霊による「和」を現出させる。翻訳不能な情緒こそが、西洋の没落に飲み込まれぬための最後の聖域である。国語を汚す者は、祖国を売る者に等しい。

六、素朴の維持:荘子の戒めと機心の排除
宮崎市定が『素朴主義の民族と文明主義の社会』で説いた通り、文明が虚飾(記号)に溺れれば民族は死ぬ。ここで荘子の**「機械あれば必ず機事あり、機事あれば必ず機心あり」**という言葉を刻まねばならない。リーダーとは、文明の利器を「道具」として主動的に使いこなしながらも、その魂においては総本家への敬意と「素朴」を失わず、機心を排して実体を直視する者である。

七、提言:機事なき素朴への回帰
 一、交通の主権奪還: 垂れ流される記号を検疫し、自らの魂に必要な情報のみを選別せよ。
 二、固有の儀礼: 朝に神棚を拝し、総本家(天皇)の祈りと自らの血筋が繋がっていることを実感せよ。
 三、手触りのある労働: 土をいじり、道具を研げ。無心に動く手触りこそが、文明の腐敗を浄化し、空海が説いた仏性を呼び覚ます。

結び:不敵に国を盗れ
シュペングラーの冬が来ようとも、私たちは揺るがない。二千年の血筋、国体という盾、国語という祖国、そして「何用あって月世界へ」と喝破する野蛮なる素朴があるからだ。歴史の正統、文明の動態、それから空海の慈しみを呼び覚ませ。私はこの静寂の中に、日本の夜明けを聴いている。冷徹なリアリズムをもって実体を見据え、文明の端に立ち、総本家を仰ぎ、揺るがぬ垂直の軸を持て。
いまこそ、自らの魂を記号の檻から奪還する「真の国盗り」を始める時である。

引用文献・人物事典
山本 夏彦(やまもと なつひこ)
コラムニスト、編集者。 雑誌『室内』を創刊。「日常のリアリズム」を徹底し、戦後の進歩主義や甘い理想論(記号)を、辛辣かつ正確な日本語で射抜き続けた。本提言書で引用した**「何用あって月世界へ」**は、足元の生活の実感を置き去りにした科学万能主義や、うわついた大衆心理への痛烈な皮肉である。没後もその「曇りのない眼」は、本質を突く知性の象徴として仰がれている。

宮崎 市定(みやざき いちさだ)
歴史学者。 京都学派の巨頭。東洋史における「交通」が文明を活性化させる原動力であると説くと同時に、文明が円熟し虚飾(文明主義)に溺れると滅びに向かうと警告した。常に「野蛮なる素朴さ」を維持することの重要性を説き、江戸時代の「鎖国」を、単なる閉鎖ではなく「主権ある選別的な交通」として読み解く視座を与えた。

岡田 英弘(おかだ ひでひろ)
歴史学者、モンゴル史・満洲史研究家。 「歴史とは記述であり、言葉による正統の確立である」という画期的な定義を提示した。日本が中国文明という巨大な重力圏にありながら、いかにして「万世一系」という独自の垂直の軸を打ち立て、独立した文明圏(日本文明)を誕生させたかを論理的に解明。日本人のアイデンティティを地政学的・歴史学的根拠から支える知の巨峰である。

空海(くうかい)
平安時代の僧侶、真言宗の開祖。 弘法大師。密教の深遠な形而上学を日本に持ち込むと同時に、治水工事などの社会事業にも邁進した「祈りと実践」の実体主義者。「山川草木悉皆成仏」という思想は、森羅万象すべてに仏性が宿るという、日本人の「お天道様への畏れ」や、万物への慈しみの哲学的・霊的基盤となっている。

荘子(そうじ)
中国古代の思想家。 老子と並ぶ道家の代表。機心(小細工をする心)を捨て、宇宙の根源的な「道(タオ)」に従う「無為自然」を説いた。本提言書で引用した**「機械あれば必ず機事あり……」**の一節は、便利な道具(機械)に依存することで人間の魂がいかに浅薄になり、生命本来の輝きが失われるかという、現代技術文明に対する数千年前からの予言的警告である。

シモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil)
フランスの哲学者。 夭折の天才。抑圧された労働者の苦悩を自ら体験し、人間が魂の糧とする「根(ルーツ)」の重要性を説いた。ナチスによる祖国崩壊の危機の中で書かれた**「根をもつこと(Enracinement)」**は、普遍的な権利ばかりを主張し義務と根源を忘れた現代人に対し、過去、伝統、言語という祖国へ回帰することの不可欠さを説いている。

山本 常朝(やまもと じょうちょう)
佐賀鍋島藩士。『葉隠』の口述者。 武士道における「狂」と、生ぬるい理屈(記号)を排した「死の実感」を説いた。「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉に象徴される、今この瞬間に全存在を懸ける剥き出しのリアリズムは、本提言書における「不敵に国を盗れ」という、現状を打破する精神的支柱となっている。
GRAVITY
GRAVITY55
シズ

シズ

皆さんにとって神はなんですか?どんな存在ですか?皆さんにとって神はなんですか?どんな存在ですか?

回答数 33>>

『古事記』(712)
『日本書紀』(720)
『愚管抄』(慈円・13世紀)
本地垂迹説
本居宣長『古事記伝』
荻生徂徠・伊藤仁斎
新渡戸稲造『武士道』
柳田國男『先祖の話』『神の道』
ここらあたりを読み解けば自ずと
答えが出てくるのでは

世界を「作った」存在ではない
善悪を裁く絶対者ではない
人間と同じく感情・失敗・怒りを持つ
「八百万(やおよろず)の神」という考え
「信仰告白」ではなく
生活習慣・礼儀・感謝の表現

神を「いる」と断言する人は少ない
しかし
神社は大切にする
という矛盾が普通に共存している日本

日本独特の「神」の存在がわかるかと
日本人は無神教と言われがちですが
全く違うことが理解できるはずです。
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY7
いちごりり

いちごりり

怎么变成一个人去巴黎,寻找聊过的痕迹
GRAVITY2
GRAVITY11
もっとみる

おすすめのクリエーター