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譬喩

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#惑星初投稿
#自己紹介
ユナイトをちょこちょこと夜にやってる譬喩(ひゆ)と申します🙇💫

アローラライチュウを極めようと日夜連戦してますが…お世辞にも上手いとは言えませんので、勝ち負けではなくユナイト楽しんでやっていこー!な方と仲良くなれればなと(๑´ڡ`๑)♪

いいね等反応頂ければ絡みにいきますね〜👻✨

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たっくん

たっくん

主なる仏よ、あなたはわたしたちに約束されました。

“わたしは永遠であり、いのちである。わたしを信じる人は、死んでも生きている。わたしを信じて生きているものは、すべて永遠に死ぬことはない”と。

いつくしみ深い仏よ、この世からあなたのもとにお呼びになった者達を、お約束のとおり、あなたの国に受け入れてください。
すべての煩悩の絆から解放されて、寂滅の光のうちに迎えられ、目覚めた人々とともに、栄光ある輪廻のうちに立ち上がることができますように。
主・釈尊によって。南無三。

帰天直後に唱える祈り、仏教的再解釈


解説
“主なる仏”の文言は、譬喩品の「私は衆生の保護者であり、父である。三界において欲望に執着している愚かな衆生は、私の息子たちである」から考出。


“わたしは永遠でありいのちである”
の文言は寿量品の“私が覚りを得て以来、幾百・千・コーティ・ナユタ劫もの長い時間が経っているのだ”によって転用。

“わたしを信じる人は、死んでも生きている。わたしを信じて生きているものは、すべて永遠に死ぬことはない”
の文言は「薬王菩薩本事品」の「病即消滅・不老不死」の文により、また“私を”は、原始仏典・サンユッタ・ニカーヤの「私(釈尊=人)を見るものは法を見る。法を見るものは私を見る」によって転用。

“栄光ある輪廻”の文は寿量品の「私は、繰り返して衆生の世界に出現するのだ」より考出。
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たっくん

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たっくんの仏教「随想」

「舎利佛、彼の長者の復身手に力ありと雖も而も之を用いず、但慇懃の方便を以て諸子の火宅の難を勉済して、然うして後に各珍宝の大車を与うるが如く、如来も亦復是の如し。力・無所畏ありと雖も而も之を用いず、但智慧方便を以て三界の火宅より衆生を抜済せんとして、為に三乗の声聞・辟支仏・仏乗を説く。」

“ シャーリプトラよ、その資産家は、腕力が強いのに腕力を差し置いて、巧みなる方便によってそれらの子どもたちを、その燃え上がる家から脱出させ、その後に、子どもたちに大いなる乗り物を与えた。まさにそのように、如来もまた、如来の智慧の力と、四つの畏れなきことを具えているのに、それを差し置いて、巧みなる方便という智慧によって、この三界から衆生を脱出させるために、三つの乗り物、すなわち声聞のための乗り物(声聞乗)、独覚果に到る乗り物(独覚乗)、菩薩のための乗り物(菩薩乗)を示されるのである。”

法華経譬喩品第三

これは有名な三車火宅の譬えである。
ここで「腕力が強いのに腕力を差し置いて」とある。
人は本当に大切なことは“自分で気付か”ないと身にならない。
たとえば、法律を守らせるのに警察権力を振りかざすだけで事足りるだろうか?
本当に治安を守りたいならば、人々の遵法精神を育てるしかない。
そうでなく、ただ社会的武力をもってのみすれば、俗に言う“バレなければ犯罪ではない”と言った身勝手極まる考えが横行し、人々は余計に狡猾に、粗悪になっていく。
しかし、単に小難しい話をすればよいと言うものでもない。
「巧みなる方便という智慧によって」というように、創意工夫を凝らし、人々がわかりやすく理解しやすいように、「三つの乗り物」というように、具体的でわかりやすく、法律を守って生活することがいかに素晴らしく、尊いことかを示すべきだ。

もっとわかりやすく言うと、親が子供の好き嫌い、この場合はピーマンとでも言おうか、それを克服させるのに、親の力関係で従わせ、無理やり生のピーマンを食べさせて、それで子供はピーマンが好きになるだろうか。
余計に嫌いになるに違いない。ならば、美味しくなるようにピーマンの肉詰めにしたり、工夫して自ら求めるようにしなければならないし、それを食べることによる利益も説明して理解させるようにするべきだ。



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