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安楽死を考えている人たちが集まるコミュニティです。

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死別を経験された方が、押し寄せる悲しみの波を受け止めるたびに、想いをこぼせる場所があればいいなと思って作成しました。 グリーフケアの一助となれば幸いです。 情報交換の場にもなれたらいいなと思います。 死別の対象はご家族、恋人、友人、問いません。 死別を経験されていない方が、パートナーを亡くした方と出会う目的での参加はご遠慮ください。

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「人生は死ぬまでの暇つぶしである。」 生きるという概念、死をも超越したワシ、その2つが交わる『死生観の星』は超ひも理論をも翻す。 ここで一句       死       生    う  観    ん え  ち ぐ  ぶ ち  り ょ  ぶ ん  り ぱ

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「ガチャが当たらない…」 「また爆死した…」 「やたらみつけるの投稿で単発でペカリましたの報告が目に付く…」 そんな経験ございませんか? あなたの心、切なくなりませんか? ここはそんな鬱憤を晴らすための星です! みなさんの爆死報告を教えてください! そして、みなさんの爆死報告をみましょう! なんということでしょう、心が晴れていく。 「切ないのは、私だけじゃなかったんだ…。」 みんなで共有しましょう。

充電瀕死の星

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私達はれーかを忘れない。 きっと、彼女は今も充電瀕死でもがいているだろう。 その苦しみと共に戦った戦友である者達の使命は何なのかを模索する。 そして、この星の希望を、れーかの失踪の意味を見出したい。

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甲斐性無しの甲斐の人

甲斐性無しの甲斐の人

大岩山砦

賤ヶ岳砦から尾根道を北東に下っていったところに築かれた砦。
賤ヶ岳の戦いのときに羽柴軍の中川清秀が築いたが、柴田軍の佐久間盛政による夜襲で陥落し、中川清秀も討死してしまった。
この大岩山砦で隣の岩崎山砦はまだ築城途中だったともいわれており、それが原因であっさり攻め落とされてしまったそうだ。

実際に観てみるとほとんど単郭のような構造だった上、周囲を囲う土塁もかなり低く感じたし、堀も見当たらなかった。
風化してしまったのかもしれないが、賤ヶ岳砦の遺構が良好に残っていることも考えると、やはり築城途中だったという説が有力そうだと感じた。
砦の近くには中川清秀の首を洗ったとされる首洗いの池もある。
心霊スポットになっててもよさそうなネーミングだが実際どうなのだろう、私はそういうのが全くわからないのだが。

#一日一城
城の星城の星
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ゆうや

ゆうや

色んな意味で一番凄い戦国武将っています?色んな意味で一番凄い戦国武将っています?

回答数 3>>

武田信玄。家臣に毒を盛られたのに「毒殺」とはならず、武士としての彼の名誉を守るため「討死」として記録されたところ。
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太郎

太郎

俳句の愉しみ 四
 
奥州高館にて
 
夏草や兵共がゆめの跡
 
芭蕉
 
Natsukusa ya tsuhamonodomo ga yume no ato(日本語の音表記)
 
有名な話であるが芭蕉はこの句の前文に杜甫の「春望」、「国破レテ山河在リ、城春ニシテ草木深シ」を引いている。芭蕉は最初に杜甫の詩の影響を実作として表した日本の詩人だと言われている。このあと日本で特に杜甫の影響を実作に表した有名な詩人は正岡子規である。日本の詩は和歌→連歌→俳諧(連句)→俳句(発句)と移り変わる。この俳諧を市井の言葉を入れてなお格調高く際立って芸術的に表現したのが芭蕉である。また俳諧の最初の発句を俳句として始めたのが子規である。その時代じだいの要請をいち早く取り入れたこの二人の詩人がともに杜甫の詩を高く取り上げているのを私は必然だと思う。先見の明=目利きであったのである。さて、この句の背景については例によって『芭蕉全発句』から抜粋する。
高館は義経の館で、義経主従は藤原泰衡の大軍に攻められて、全員討死した。その古戦場の跡に立った回顧の詠である。古戦場で命を落したつわものたちの瞋恚の執心が残って矢叫びの音の絶えない、修羅場の文学の伝統的発想があった。その慰霊の文学の伝統が、この句に脈々と伝わっているようだ。「兵共がゆめの跡」は義経伝説を育んで来た東北の民衆の間に、ずっと続いている心の伝承であり、芭蕉の詩精神がそれを己のものとすることで、おのずから詩的肺活量の大きさを示している(適宜改稿=抜粋者)。
ここからはこの句自体について見てゆくことにする。季語は「夏草」である。私はこの句の音のなかに「つわものども」の戦が一瞬にして微風に揺らぐ「夏草」の「ゆめの跡」に変化する幻を見る。それはまず「夏草や」の勢いのあるtsu音が「兵」のtsu音と変化するところではないかと感じる。つまり「夏草」→「兵共」→「ゆめの跡」、騎馬の蹄の音や鎧兜で身を固めた歩兵の「兵共」の音が蘇っては消えてゆくのは「夏草」と「ゆめの跡」に挟まれているからだと。この句の母音が軽快で開放的なa音から重量感のある執心的なo音に混ざり合い「ゆめの跡」として閉じられることからもそれが感じとれる。この世の現実が生まれて生きて死んでゆく個々人の脳の「夢」であり、さらに未来に夢を描いてしまう人間の思いという「夢」が「夢のまた夢」ということである。
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ホッパーMK2

ホッパーMK2

俺のミスというより、俺にしかできないことをやろうとして討死してる感じなんだよな。鳥は鳥、魚は魚で生きていけばいいのに。
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