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神楽坂民緒 🍀*゜

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舎利弗
集合
正覚山

こないだ仏教を調べまくったから仏教用語ばかりだ
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たっくん

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ところで、釈尊亡き後、仏教教団の後継者となったのは頭陀第一の迦葉であったが、釈尊自身は、後継者についてこう述べていたようだ。
セーラというバラモンに、「師の相続者である弟子は誰ですか?」と問われた釈尊は、「セーラよ。わたしがまわした輪、すなわち無上の〈真理の輪〉(法輪)を、サーリプッタ(舎利弗)がまわす。かれは〈全き人〉につづいて出現した人です。」(スッタニパータ 第三 大いなる章 7 セーラ)
舎利弗は智恵第一と称された。釈尊の意図を最も理解した人物だった。
釈尊が説いても信じなかった人が、舎利弗によって仏門に入った、という説話が残されている程に。
従って釈尊も後継者を舎利弗と明言したのだろう。しかし、その舎利弗も、老いには勝てず、釈尊より先に逝去してしまった。
神通第一と称された目連も殺害されていて不在であった。
釈尊は結局その後に明確な後継者を残さなかった。
衆議の後、選出されたのが戒律を重んじる上座部的な迦葉であった。
迦葉は最初の仏典結集を監督し、多くの経典を調えたが、教団運営には厳格な戒律を敷いた。
その結果が、上座部と大衆部の根本分裂に繋がってしまったのではないかと思う。
もしここに、舎利弗が存命だったら、最初の仏典結集も、もしかしたらもっと違う経典になっていたかもしれない。
舎利弗の釈尊の意を汲み取る意向が浸透していれば、第二回仏典結集の時にも柔軟に対応出来て、教団分裂という最悪な結果もまぬがれる道があったかもしれない。
勿論、たられば論に過ぎないし、迦葉を否定するものではない。
けれども、今の停滞した仏教界を見ていると、そのような事を夢想せずにはいられない。


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たっくん

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因みに迦葉を後継者とすると釈尊が暗示したとして、禅宗では大梵天王問仏決疑経の拈華微笑の説話を持ち出すが、この経典は中国の禅僧らが創作した経典であることが確定しているため、参考にはならない。
釈尊入滅後、教団は暫くは高弟たちによる合議制で進んだが、程なくして迦葉の影響力が強まり、後継者のように語られるようになった。
今思えば、これが部派仏教の時代の導入口になってしまったのではないかと、末世の仏教徒としては思うところがある。
しかし、釈尊は舎利弗より他の後継者は居ないと判断し、舎利弗亡き今、一人の偏った考えによって、教団全体が歪む事を恐れてか、後事は全員で協議して進めていくよう願ったのかもしれない。
いずれにせよ、古今東西組織というのは国家も企業も後継者選出は本当に慎重に行われなければならない、ということが、教団史を俯瞰していて思う正直なところである。
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ここ

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阿弗利加
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暁蕾

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箬弗号泣
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暁蕾

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箬弗感激
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暁蕾

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箬弗の顔wwwwww
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姜玄尘✨

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日月逾迈 若弗员来
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ゆうのすけ・A

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久安寺

一番奥に仏塔があってストゥーパって感じ。
中に入ると涅槃仏があってお休みになられてるので、どうしても小声で寝起きドッキリがしたくなります。「…おはようございま〜す」

しかし6.4mの涅槃像も横たわってるとそんなにあるかなぁ?って小さく見えます。不敬?

合掌

#久安寺
#舎利殿涅槃堂
#お釈迦様
#涅槃像
#寝仏さま
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エントロピー

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私が「取り柄がない」と「うさぎ」私を食べて、を最強とみなしたから「内容の質にあります」
後この話は「何かに似てますね」お布施と取り柄がない、私を食べてで最期を迎えるですから

連載 仏教と動物  第6回 兎にまつわるお話
連載・特集
2021.11.18


イラスト 木谷佳子
イラスト 木谷佳子
お釈迦さまの前世における物語『ジャータカ』をはじめ多くの仏教典籍(仏典)には、牛や象などの動物から、鳥や昆虫、さらには空想上のものまで、さまざまな生き物のエピソードが記されています。この連載では『仏教と動物』と題して仏教における動物観や動物に託された教えについて紹介いたします。
第6回目は、かわいらしく身近な動物「兎」を取りあげます。

重んぜられる動物

誰もが、「月に兎が住んでいて餅つきをしている」という言い伝えを聞いたことがあると思いますが、仏教の中で伝えられている説話のなかでも、悲しくも尊い月の兎の物語が伝えられています。

この物語は、お釈迦さまの前生物語のなかで特に広く知られているものです。『六度集経』など、多くの経典で見られ、日本で編纂された『今昔物語集』にも取り入られています。

ここで、『ジャータカ』にある兎にまつわる有名な説話を紹介します。

ウサギの布施

昔、ある深い森に賢いウサギが住んでいました。ウサギには、サルと山犬とカワウソの友達がいて一緒に仲良く暮らしていました。4匹は賢者として他の動物から尊敬されていました。

ある時、ウサギは明日が布施をする日だと思い出し、他の3匹に言いました。

「明日は食を請う人に施しをする日だよ。しっかりと教えを守って施しをすれば、きっと良いことがあるよ。食を請う人が来たら、みんな自分の食べ物を分けてやるんだよ」

「はい、よく分かりました」一同は答えました。

翌朝、カワウソがガンジス河の岸に行くと、漁師が捕った赤魚が砂の中に隠されていました。カワウソは、魚のにおいが気になって岸辺を歩き回っているうちに埋まっている魚を見つけました。

「この魚はだれのですか」と三度呼びかけましたが、誰も返事をしなかったので、自分の家に持ち帰りました。

山犬も獲物を探し歩いているうちに、田んぼの中の番人の小屋に、二串の肉と大トカゲと牛乳の入った壺を見つけました。「これはだれのですか」と三度声をかけましたが、誰も返事をしなかったので、自分の家に持ち帰りました。

サルも、森の中でマンゴーを見つけ、自分の家に持ち帰りました。

ウサギは森中をかけまわってみましたが何も見つけられませんでした。

翌日になりました。帝釈天がバラモンの姿に身を変え、カワウソのところへ行きました。バラモンがカワウソに施しを求めると、カワウソは詩を唱えました。

「ガンジス河の 赤魚 ここにあります バラモンよ わたしの布施です 召し上がれ」

バラモンは魚に手をつけずに次に山犬のところへ行きました。バラモンが山犬に施しを求めると、山犬は詩を唱えました。

「畑の番を する人の 食べ残したる 肉などが わたしのものに なりました これらの食物 召し上がれ」

バラモンは肉にも牛乳にも手をつけずに、サルのところへ行きました。バラモンがサルに施しを求めると、サルは詩を唱えました。

「よく熟したる マンゴーと 冷たい水が われのもの バラモンさまよ 遠慮なく このマンゴーを 召し上がれ」

バラモンはマンゴーに手をつけずにウサギのところへ行きました。バラモンがウサギに施しを求めると、ウサギは言いました。

「どうか薪を集め火を起こして下さい。わたしはその火の中に飛び込みます。わたしの体が焼けたら、その肉を食べて、修行に励んで下さい」

そして、ウサギは詩を唱えました。

「このわたしには 胡麻がない 豆もなければ 米もない 火に飛び込んで 焼かれたる ウサギの肉を召し上がれ」

帝釈天はウサギの言葉を聞き、神通力によって薪火を作り出しました。ウサギは「もし、わたしの毛の中に、ノミやシラミなど、生き物がいたらそれを殺してはならない」と念じて、3回体を振り、薪火の中に身を投じました。

ところが炎は、ウサギの体の毛穴一つも焼くことはありませんでした。

「バラモンさま。あなたの起こした火は、まるで雪のように冷たい。いったいどうしたことでしょう」

「ウサギよ。わたしはただのバラモンではない。帝釈天である。おまえの布施の心を試すために天界から降りてきたのだ」

「あなたばかりでなくどんな人がわたしの布施の心を試そうとも、布施をいやがる気持ちを見つけることはできないでしょう」

「おまえの優れた行いが永遠に忘れられないように」と言って、帝釈天は山を圧搾して汁を搾り取り、丸い月面にウサギの姿を描いて、ウサギに別れを告げ天界に帰って行きました。

その後、4匹の動物は、仲良く暮らし、生活規範をよく守り、その行動にふさわしい果報を得る身となりました。

布施のこころ

お釈迦さまは王子として生まれる前、さまざまな生き物として生まれ変わり、幾度となく善行を積んだ結果、ブッダ(覚者)となりました。

このお話に登場するウサギは、お釈迦さま、カワウソ、山犬、サルは、それぞれ十大弟子の阿難尊者、目連尊者、舎利弗尊者の前世の姿です。

帝釈天は、兎のやさしく尊い本心に深く感動し、その徳を永久に銘記するため、月に兎の姿を描きしるしました。布施行の大きな功徳を表しています。

【コラム】兎にまつわる熟語 兎角亀毛(とかくきもう)


イラスト 木谷佳子
夏目漱石の小説『草枕』の冒頭の一節に、「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」とあるように、日本には「とかく」という言葉があります。
この言葉に「兎角」という漢字を用いるのは、いわゆる当て字で、今はあまり使われていません。
仏典の中でも、「亀毛」とともに「兎角亀毛」という言葉として、しばしば用いられています。
兎の角も亀の甲羅の毛も本来ありえないものであることから、それをたとえとして、この世は確固たるものは実在しない「空」であることを説明しようとしています。また、あらゆるものに実体を求めても、その実体は得られないということを説明しようとして、「兎角亀毛の如し。ただ名のみあって実なし」(※『大智度論』巻一二)のようにたとえとして述べられることもあります。
このような仏の教え「一切皆空」のたとえとして、この言葉をとらえれば、あれこれと想い悩むことはなくなり、人の世ももっと住みやすくなるかもしれません。
※『大智度論』=大乗仏教中観派の祖・龍樹(2世紀に生まれたインド仏教の僧)による『摩訶般若波羅蜜経』の注釈書として著した論書
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とぅーるびよん

とぅーるびよん

観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五 蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不 異色色即是空空即是色受想行識亦復如 是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄 不増不減是故空中無色無受想行識無眼 耳鼻舌身意無色声香味触法無眼界乃至 無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死 亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無 所得故菩提薩捶依般若波羅蜜多故心無 罫礙無罫礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢 想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三貌三菩提故知般若波羅蜜 多是大神呪是大明呪是無上呪是無等等 呪能除一切苦真実不虚故説般若波羅蜜 多呪即説呪曰 羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経
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K

K

大本山本圀寺に行った理由は、加藤清正公
由来の金の鳥居⛩️がある隠れスポット‼️
京都では市内の同じく金の鳥居⛩️がある
御金神社⛩️が有名ですが、京都には
金の鳥居⛩️が2つあるのです。
それがここ大本山本圀寺❣️
それだけでない‼️
京都東山にある六波羅蜜寺では
銭洗弁財天様がおられそこで御金を聖水で
洗い清めるとお金が貯まると言う女神様が
おられるのですが、
ここ大本山本圀寺にも銭洗弁財天様が
おられるのです‼️
金の鳥居⛩️と銭洗弁財天様両方が
祀られているのはここ大本山本圀寺だけ。
金龍🐉から出る弁財天様の聖水で
銭洗を行い、事務所で買える御守り袋に
入れてお財布に入れて持ち歩き、
時期が変われば新しい御金に入替持ち歩きます。
※京都には他にも金札宮や金攫八幡宮
ワコールの由来になった和江神社⛩️
株、宝くじの寶大神
伏見稲荷山にある伏見神宝神社⛩️
出会い、金運、芸の神の車折神社⛩️
商売繁盛の京都恵比寿神社⛩️
銭洗弁財天の六波羅蜜寺
金の舎利殿(金閣寺)
仁和寺の金堂
平野神社のすえひろがね餅鉄
など御金に纏わるスポットがありますよ
気持ちを込めてリスペクトしてみれば🫡

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仁

質問募集中!

質問募集中!

私に質問してくださいね。

#質問募集 イデアは ふ と思った。
哲学とは、大衆を支配するものなのか?それとも導くものなのか?
舎利子は ふ と思った。
哲学とは、大衆のためにあるのか?それとも個人のためにあるのか?
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丸の内野菜スティック

丸の内野菜スティック

摩訶般若波羅蜜多心経観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意無色声香味触法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死
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